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無題(五)
むだい(ご)
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十八巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日
初出「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社、1981(昭和56)年5月30日
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2004-05-09 / 2014-09-18
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 鴎外全集 第二巻 雲中語 を読む。
 第一感じること。これは、明治三十年、新小説、文芸倶楽部などに発表された小説を、鴎外、露伴、緑雨、紅葉、思軒などがよって合評したものだ。現代の新潮合評のようなものか。然し三十年と云えば、今からたった二十九年、足かけ三十年ばかりの昔だのに、何と云う過古が今日の私共には感じられるだろう。明治の文学が、どんな短い年数の間に幾多の変遷を経、外国文学の影響を受けて居るかがわかる。その時代の作家と今日の作家との違いは、只年代の差違のみではない。生れ更らなければなりそうもない考え方、感じ方、見かたの違いがある。例えば、紅葉が今日まで生きて居たとし、あの作風からどう変化した彼を想像出来得るだろう。鏡花がこの頃雲中語で、源三位に(多分緑雨だろう)これは落咄さと片づけられた化鳥を書いて居る。人間氏が「余程変てこに化けて来たようだ。この上はどこまで化けるか分らぬ。どうか早く本体を顕して真人間に戻って貰いたいものだ」と評して居る。真人間のすきな人間氏よ、安心なさい。鏡花は完全に化けぬいた。ユニークな天才と化け得て一九二五年の文壇に生彩を放って居るから。

 これについて当時の批評と云うものについて感あり。所謂一流の人々の批評にも、どんな危険性が含まれて居るかということについて。鏡花、よくも化け抜いた! いつぞや中央公論新年号に出た日夏耿之介氏の明治詩史中、蒲原有明に対する評とともに、忘れ難い印象だ。「有明は自己の渋晦さをより明に意識しようとはせず、評言に動かされ、渋晦ならざらんとしたところに彼の破滅があった」と。



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