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シュリーマン夫人を憶ふ
シュリーマンふじんをおもう
作品ID42151
著者浜田 青陵
文字遣い旧字旧仮名
底本 「青陵随筆」 座右寶刊行會
1947(昭和22)年11月20日
初出「ドルメン」1933(昭和8)年3月
入力者鈴木厚司
校正者門田裕志
公開 / 更新2004-06-17 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

          一

 トロイ、チリンス、ミケーネの發掘者、エーゲ文明復活の先驅、ハインリヒ・シュリーマン博士の歿後四十年、此の永久に記憶せらる可き考古學者の未亡人として、またアゼンスの交際社會の女王として「イリウー・メラトロン」の大主婦として、活躍せられてゐたソフイヤ夫人の訃が忽然として昨年十月二十七日を以て世界に傳へられたのは、我々をして洵に一入淋しさを感ぜしめる。斯くして偉大なりし十九世紀の人物の面影と其の名殘りは、次第々々に此の世界から消え失せてしまふのである。
 少女ミンナとお伽話の如く未來を契つたハインリヒ・シュリーマンは、彼女を失つて殆ど絶望の淵に沈んだが、トロイの發掘(一八七一年)に著手する二年前、ホメロスの詩の愛誦者であり、又彼の事業に深い同情を捧ぐる年若い希臘の一婦人を、其の生涯の伴侶として娶つたのである。而してトロイやミケーネに、櫛風沐雨苦樂を共にして、遂に曠世の大發見を成就せしめたのは、實にアゼンス名家出たるソフィヤ(Sophia Engastronenas)夫人であつた。彼女は時僅に十七歳の妙齡で、シュリーマンとは三十歳も違ふ娘の樣な若さであつた。
 併しながら教養に於いて趣味に於いて、彼女は實際シュリーマンとは比ぶ可くもない優れた人物であつた。「彼女は其の夫に向つて神の顯現とも云ふ可きものである」と、シュリーマンをして書かしめたのも無理もないことである。二十年前あこがれの希臘に旅する機會を得て、アゼンスに著いた私は、アクロポリスの上のパルテノンと共に、第一に見ることを願つたのはシュリーマン夫人であつた。而して私はシュリーマンの古い親友であつたセイス老先生から
“This is to introduce a Japanese friend of mine, Mr. Hamada……………who has been a student and admirer of your husband's work and has come all the way from Japan to visit the remains of prehistoric Greece. I wish I could be with him !………
とある懇切なる紹介状を持つて、夫人に見ゆることを得た、大正四年五月十一日の午後を思ひ出さゞるを得ない。

          二

 私をして曾つて『希臘紀行』に記した處を、再び茲に繰返へすことを許して貰ひ度い。私はアゼンスへ著いた次の朝、直に書を載して夫人に面會の日を問合せた。如何に早くとも明朝ならでは返事は來ないだらうと思つたに、其の晩ハスラツク氏の招宴に招かれて、夜遲く宿に歸ると、其の留守中に夫人から使があつて、今夜九時の茶會に來よとのことであつたが、已に十時をも過ぎたれば詮術もなく、次の朝再び手紙して、昨…

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