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貝殻追放
かいがらついほう
副題013 先生の忠告
013 せんせいのちゅうこく
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「水上瀧太郎全集 九卷」 岩波書店
1940(昭和15)年12月15日
初出「三田文學」1919(大正8)年1月号
入力者柳田節
校正者門田裕志
公開 / 更新2005-03-03 / 2014-09-18
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 或日曜の朝の事であつた。寢坊をした床の中でぼんやりして、起きようか寢てゐようか迷ひながら、枕頭の火鉢の上の鐵瓶の口から、さかんに立昇る湯氣を見てゐるところに、こまつちやくれの下宿の小婢が、來客のある事を告げに來た。その取次いだ名前が昔の學校友達のそれと同一だつたので、自分は一緒に惡戲つ子だつた中學時代の友達の、今川燒のやうにまあるく平べつたくて、しかもぶよぶよしてゐた顏中を想ひ出しながら、狼狽てて飛起きて洗面場に馳けて行つた。
 身じまひをして、玄關に出て見ると、其處にはまだ十八九の見馴れない少年が一人ゐるばかりだつた。側に立つてゐる小婢に、
「お客は。」
 と訊くと、
「そのお方です。」
 と指差した。
「先生ですか。」
 少年は意外だつたといふ表情を包まずに、此方を見上げてから帽子を取つて頭をさげた。
「お上んなさい。」
 先生と呼びかけられた自分を、けげんさうに見守つてゐる小婢の目を避けるやうに、心中少し狼狽しながら、さつさと先に立つて自分の室に少年を導いた。先生と呼ばれた丈で、何の爲めに此の少年が自分を訪問したか、彼が如何なる種類の人間であるかが直感された。自分は寧ろ不機嫌で、相手の態度を見守つた。
 少年は一見不良少年らしい沈着さで、初對面の年長者の前で、惡びれもしずに煙草をふかしたが、紺がすりの着物に紺がすりの羽織で、海老茶の毛糸で編んだ羽織の紐が如何にも子供らしかつた。
「私を訊ねて來たのは如何いふ御用です。」
 と自分の方から切出した。
「實は朝日新聞の○○さんが、先生を紹介してやらうと云うて下さつたので……」
「○○さん?」
 自分はいくら考へてもそんな人は知らなかつた。
 少年の云ふところに據ると、○○といふのは大阪朝日新聞の社會部の記者であるが、少年が文學に熱中して、文學談ばかり持ちかけるので、それでは此頃大阪に來てゐる水上に紹介してやらうと云つて、下宿の所在迄教へて呉れたのださうだ。どうしても自分にはそんな知己は無いので、腑に落ちない話だつたが、例の新聞記者一流の出たらめをやつたんだなと思つて苦笑するより他に爲方が無かつた。
 時に甚だしく口の重い事のある自分に對して、訪問者もはか/″\しく口をきかず、次第に手持無沙汰らしく見えて來るので、無理に何か話材をこしらへても、相手は兎角簡短な應答をするばかりで、且つ最初は不良少年かと思つた程無遠慮な態度に似ず、返事をする時は羞しさうにさへ見えるのであつた。
 彼はその頃甲種商業學校の五年生で、目の前に卒業試驗を控へてゐた。
「學校はいやでいやで適はん。」
 と駄々子の物言ひをして、文學以外の學課に興味が無く、卒業出來るかどうかもわからないといふ意味の事を云つた。
 父親は死んでしまつたけれど、その父が生前殘した事業があつて、母親は學校を卒業すると同時に其處で働かせるつもりでゐる。彼は學校な…

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