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鹿狩り
しかがり
作品ID42203
著者国木田 独歩
文字遣い新字新仮名
底本 「武蔵野」 岩波文庫、岩波書店
1939(昭和14)年2月15日、1972(昭和47)年8月16日改版
初出「家庭雑誌」1898(明治31)年8月
入力者土屋隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2012-09-05 / 2014-09-16
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

『鹿狩りに連れて行こうか』と中根の叔父が突然に言ったので僕はまごついた。『おもしろいぞ、連れて行こうか、』人のいい叔父はにこにこしながら勧めた。
『だッて僕は鉄砲がないもの。』
『あはははははばかを言ってる、お前に鉄砲が打てるものか、ただ見物に行くのだ。』
 僕はこの時やっと十二であった。叔父が笑うのも道理で、鹿狩りどころか雀一ツ自分で打つことはできない、しかし鹿狩りのおもしろい事は幾度も聞いているから、僕はお供をすることにした。
 十二月の三日の夜、同行のものは中根の家に集まることになっていたゆえ僕も叔父の家に出かけた、おっかさんは危なかろうと止めにかかったが、おとっさんが『勇壮活発の気を養うためだから行け』とおっしゃった。
 中根へ行って見るともう人がよほど集まっていた。見物人は僕一人、少年も僕一人、あとは三十から上の人ばかりで十人ばかりみんな僕の故郷では上流の人たちであった。
 第一中根の叔父が銀行の頭取、そのほかに判事さんもいた、郡長さんもいた、狭い土地であるからかねてこれらの人々の交際は親密であるだけ、今人々の談話を聞くと随分粗暴であった。
 玄関の六畳の間にランプが一つ釣るしてあって、火桶が三つ四つ出してある、その周囲は二人三人ずつ寄っていて笑うやらののしるやら、煙草の煙がぼうッと立ちこめていた。
 今井の叔父さんがみんなの中でも一番声が大きい、一番元気がある、一番おもしろそうである、一番肥っている、一番年を取っている、僕に一番気に入っていた。
 同勢十一人、夜の十時ごろ町を出発た。町から小一里も行くとかの字港に出る、そこから船でつの字崎の浦まで海上五里、夜のうちに乗って、天明にさの字浦に着く、それから鹿狩りを初めるというのが手順であった。
『まるで山賊のようだ!、』と今井の叔父さんがその太い声で笑いながら怒鳴った。なるほど、一同の様子を見ると尋常でない。各粗末なしかも丈夫そうな洋服を着て、草鞋脚絆で、鉄砲を各手に持って、いろんな帽子をかぶって――どうしても山賊か一揆の夜討ちぐらいにしか見えなかった。
 しかし一通りの山賊でない、図太い山賊で、かの字港まで十人が勝手次第にしゃべって、随分やかましかった。僕は一人、仲間外れにされて黙って、みんなの後からみんなのしゃべるのを聞きながら歩いた。
 大概は猟の話であった。そしておもに手柄話か失敗話であった。そしてやっぱり、今井の叔父さんが一番おもしろいことを話してみんなを笑わした。みんなが笑わない時には自分一人で大声で笑った。
 かの字港に着くと、船頭がもう用意をして待っていた。寂しい小さな港の小さな波止場の内から船を出すとすぐ帆を張った、風の具合がいいので船は少し左舷に傾ぎながら心持ちよく馳った。
 冬の寒い夜の暗い晩で、大空の星の数も読まるるばかりに鮮やかに、舳で水を切ってゆく先は波暗く島黒く、僕はこ…

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