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詩想
しそう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「武蔵野」 岩波文庫、岩波書店
1939(昭和14)年2月15日、1972(昭和47)年8月16日改版
初出「家庭雑誌」1898(明治31)年4月
入力者土屋隆
校正者蒋龍
公開 / 更新2009-04-23 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




       丘の白雲

 大空に漂う白雲の一つあり。童、丘にのぼり松の小かげに横たわりて、ひたすらこれをながめいたりしが、そのまま寝入りぬ。夢は楽しかりき。雲、童をのせて限りなき蒼空をかなたこなたに漂う意ののどけさ、童はしみじみうれしく思いぬ。童はいつしか地の上のことを忘れはてたり。めさめし時は秋の日西に傾きて丘の紅葉火のごとくかがやき、松の梢を吹くともなく吹く風の調べは遠き島根に寄せては返す波の音にも似たり。その静けさ。童は再び夢心地せり。童はいつしか雲のことを忘れはてたり。この後、童も憂き事しげき世の人となりつ、さまざまのこと彼を悩ましける。そのおりおり憶い起こして涙催すはかの丘の白雲、かの秋の日の丘なりき。

       二人の旅客

 雪深き深山の人気とだえし路を旅客一人ゆきぬ。雪いよいよ深く、路ますます危うく、寒気堪え難くなりてついに倒れぬ。その時、また一人の旅人来たりあわし、このさまを見て驚き、たすけ起こして薬などあたえしかば、先の旅客、この恩いずれの時かむくゆべき、身を終わるまで忘れじといいて情け深き人の手を執りぬ。後の旅人は微笑みて何事もいわざりき。家に帰らば世の人々にも告げて、君が情け深き挙動言い広め、文にも書きとめて後の世の人にも君が名歌わさばやと先の旅客言いたしぬ。情け深き人は微笑みて何事もいわざりき。かくてこの二人は連れだちて途をいそぎぬ。路はいよいよ危うく雪はますます深し。一人つまずきぬ。一人あなやと叫びてその手を執りぬ。二人は底知れぬ谷に墜ち失せたり。千秋万古、ついにこの二人がゆくえを知るものなく、まして一人の旅客が情けの光をや。

       [#挿絵]土

 美わしき菫の種と、やさしき野菊の種と、この二つの一つを石多く水少なく風勁く土焦げたる地にまき、その一つを春風ふき霞たなびき若水流れ鳥啼き蒼空のはて地に垂るる野にまきぬ。一つは枯れて土となり、一つは若葉萌え花咲きて、百年たたぬ間に野は菫の野となりぬ。この比喩を教えて国民の心の寛からんことを祈りし聖者おわしける。されどその民の土やせて石多く風勁く水少なかりしかば、聖者がまきしこの言葉も生育に由なく、花も咲かず実も結び得で枯れうせたり。しかしてその国は荒野と変わりつ。

       路傍の梅

 少女あり、友が宅にて梅の実をたべしにあまりにうまかりしかば、そのたねを持ち帰り、わが家の垣根に埋めおきたり。少女は旅人が立ち寄る小さき茶屋の娘なりき、年経てその家倒れ、家ありし辺りは草深き野と変わりぬ。されど路傍なる梅の老木のみはますます栄えて年々、花咲き、うまき実を結べば、道ゆく旅客らはちぎりて食い、その渇きし喉をうるおしけり。されどたれありて、この梅をここにまきし少女のこの世にありしや否やを知らず。
(明治三十一年四月作)



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