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ほし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「武蔵野」 岩波文庫、岩波書店
1939(昭和14)年2月15日、1972(昭和47)年8月16日改版
初出「国民之友」1896(明治29)年12月
入力者土屋隆
校正者蒋龍
公開 / 更新2009-04-23 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 都に程近き田舎に年わかき詩人住みけり。家は小高き丘の麓にありて、その庭は家にふさわしからず広く清き流れ丘の木立ちより走り出でてこれを貫き過ぐ。木々は野生えのままに育ち、春は梅桜乱れ咲き、夏は緑陰深く繁りて小川の水も暗く、秋は紅葉の錦みごとなり。秋やや老いて凩鳴りそむれば物さびしさ限りなく、冬に入りては木の葉落ち尽くして庭の面のみ見すかさるる、中にも松杉の類のみは緑に誇る。詩人は朝夕にこの庭を楽しみて暮らしき。
 ある年の冬の初め、この庭の主人は一人の老僕と、朝な朝な箒執りて落ち葉はき集め、これを流れ岸の七個所に積み、積みたるままに二十日あまり経ちぬ。霜白く置きそむれば、小川の水の凍るも遠からじと見えたり。かくて日曜日の夕暮れ、詩人外より帰り来たりて、しばしが間庭の中をあなたこなたと歩み、清き声にて歌うは楽しき恋の歌ならめ。この詩人の身うちには年わかき血温かく環りて、冬の夜寒も物の数ならず、何事も楽しくかつ悲しく、悲しくかつ楽し、自ら詩作り、自ら歌い、自ら泣きて楽しめり。
 この夕は空高く晴れて星の光もひときわ鮮やかなればにや、夜に入りてもややしばらくは流れの潯を逍遙してありしが、ついに老僕をよびて落ち葉つみたる一つへ火を移さしめておのれは内に入りぬ。かくて人々深き眠りに入り夜ふけぬれど、この火のみはよく燃えつ、炎は小川の水にうつり、煙はますぐに立ちのぼりて、杉の叢立つあたりに青煙一抹、霧のごとくに重し。
 夜はいよいよふけ、大空と地と次第に相近づけり。星一つ一つ梢に下り、梢の露一つ一つ空に帰らんとす。万籟寂として声なく、ただ詩人が庭の煙のみいよいよ高くのぼれり。
 天に年わかき男星女星ありて、相隔つる遠けれど恋路は千万里も一里とて、このふたりいつしか深き愛の夢に入り、夜々の楽しき時を地に下りて享け、あるいは高峰の岩角に、あるいは大海原の波の上に、あるいは細渓川の流れの潯に、つきぬ睦語かたり明かし、東雲の空に驚きては天に帰りぬ。
 女星は早くも詩人が庭より立ち上る煙を見つけ、今宵はことのほか寒く、天の河にも霜降りたれば、かの煙たつ庭に下りて、たき火かきたてて語りてんというに、男星ほほえみつ、相抱きて煙たどりて音もなく庭に下りぬ。女星の額の玉は紅の光を射、男星のは水色の光を放てり。天津乙女は恋の香に酔いて力なく男星の肩に依れり。かくて二人は一山の落ち葉燃え尽くるまで、つきぬ心を語りて黎明近くなりて西の空遠く帰りぬ。その次の夜もまた詩人は積みし落ち葉の一つを燃かしむれば、男星女星もまた空より下りて昨夜のごとく語りき。かくて土曜の夜まで、夜々詩人の庭より煙たち、夜ふくれば水色の光と紅の光と相並びてこの庭に下れど、詩人は少しもこれを知ることなし。
 七つの落ち葉の山、六つまで焼きて土曜日の夜はただ一つを余しぬ。この一つより立つ煙ほそぼそと天にのぼれば、淡紅色の霞につ…

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