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ゴルフ随行記
ゴルフずいこうき
作品ID42259
著者寺田 寅彦
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第四巻」 岩波書店
1997(平成9)年3月5日
初出「専売協会誌」1934(昭和9)年8月
入力者Nana ohbe
校正者浅原庸子
公開 / 更新2005-07-30 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ずっと前からM君にゴルフの仲間入りをすすめられ、多少の誘惑は感じているが、今日までのところでは頑強に抵抗して云う事を聞かないでいる。しかしとにかく一度ゴルフ場へお伴をして見学だけさせてもらおうということになって、今年の六月末のある水曜日の午前に二人で駒込から円タクを拾って赤羽のリンクへ出かけた。空梅雨に代表的な天気で、今にも降り出しそうな空が不得要領に晴れ、太陽が照りつけるというよりはむしろ空気自身が白っぽく光り輝いているような天候であった。
 震災前と比べて王子赤羽界隈の変り方のはげしいのに驚いた。近頃の東京近郊の面目を一新させた因子のうちで最も有効なものと云えば、コンクリートの鋪装道路であろうと思われる。道路に土が顔を出している処には近代都市は存在しないということになるらしい。
 荒川放水路の水量を調節する近代科学的閘門の上を通って土手を数町川下へさがると右にクラブハウスがあり左にリンクが展開している。
 クラブの建物はいつか覗いてみた朝霞村のなどに比べるとかなり謙遜な木造平家で、どこかの田舎の学校の運動場にでもありそうなインテリ気分のものである。休憩室の土間の壁面にメンバーの名札がずらりと並んでいる。ハンディキャップの数で等級別に並べてあるそうだが、やはり上手な人の数が少なくて、上手でない人の数が多いから不思議である。黒板に競技の得点表のようなものが書いてある。一等から十等まで賞が出ている。これなら楽しみが多いことであろう。賞品は次の日曜日に渡しますとある。人間いくら年をとっても時には子供時代の喜びを復活させる希望を捨てなくてもいいのである。
 M夫人が到着したのでそろそろ出掛ける。
 一体の地面よりは一段高い芝生の上に小さな猪口の底を抜いて俯伏せにしたような円錐形の台を置いて、その上にあの白い綺麗なボールを載せておいて、それをあのクラブの頭でひっぱたくと一種独特の愉快な音がする。飛んで行った球がもう下り始めるかと思う頃に却ってのし上がって行ってそれから落ちることがある。夫人の球が時々途中から右の方へカーヴを描く。球がそれて土手の斜面に落ちると罰金だそうである。
 河畔の蘆の中でしきりに葭切が鳴いている。草原には矮小な夾竹桃がただ一輪真赤に咲いている。綺麗に刈りならした芝生の中に立って正に打出されようとする白い球を凝視していると芝生全体が自分をのせて空中に泛んでいるような気がしてくる。日射病の兆候でもないらしい。全く何も比較の尺度のない一様な緑の視界はわれわれの空間に対する感官を無能にするらしい。
 途中から文科のN君が一緒になった。三人のプレイが素人目に見てもそれぞれちゃんとはっきりした特徴があって面白い。クラブと球との衝撃によって生ずる音の音色まで人々で違うような気がするのである。科学者のM君は積分的効果を狙って着実なる戦法をとっているらしく、フ…

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