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ピタゴラスと豆
ピタゴラスとまめ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第四巻」 岩波書店
1997(平成9)年3月5日
初出「東京日日新聞」1934(昭和9)年7月
入力者Nana ohbe
校正者砂場清隆
公開 / 更新2005-08-08 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 幾何学を教わった人は誰でもピタゴラスの定理というものの名前ぐらいは覚えているであろう。直角三角形の一番長い辺の上に乗っけた枡形の面積が他の二つの辺の上に作った二つの枡形の面積の和に等しいというのである。オルダス・ハクスレーの短篇『若きアルキメデス』には百姓の子のギドーが木片の燃えさしで鋪道の石の上に図形を描いてこの定理の証明をやっている場面が出て来るのである。また相対性原理を設立したアインシュタインが子供のときに独りでこの定理を見付けたとかいう話が伝えられている。この同じピタゴラスがまた楽音の協和と整数の比との関係の発見者であり、宇宙の調和の唱道者であったことはよく知られているようであるが、この同じピタゴラスが豆のために命を失ったという話がディオゲネス・ライルチオスの『哲学者列伝』の中に伝えられている。
 このえらい哲学者が日常堅く守っていた色々の戒律の中に「食ってはいけない」というものが色々あった、例えばある二、三の鳥類、それから獣類の心臓、反芻類の第一胃、それから魚類ではかながしらなどがいけないものに数えられている外に、豆がいけないことになっている、この「豆」(キュアモス)というのが英語ではビーンと訳してあるのだが、しかしそれが日本にあるどの豆に当るのか、それとも日本にはない豆だか分らないのが遺憾である。それはとにかく、何故その豆がいけないかという理由については色々のことが書いてある。胃の中にガスがたまるからとか、また「生命の呼吸の大部分を分有するから」とか、あるいはまた「食わない方が胃のためによく、安眠が出来るから」とか書いているかと思うと、またアリストテレスの書物を引用して、「豆は生殖器に似ているから、あるいはまた地獄の門のように、ひとりでつがい目が離れて開くから」ともある。何のことかやはりよく分らない。それからまた「宇宙の形をしているから」とか「選挙のときの籤に使われる、従って寡頭政治を代表するものだから」ともある。
 それはさておいて、ピタゴラスの最期についても色々の説があるがその中の一つはこうである。
 一日ミロにおける住宅で友人達と会合しあっていたとき誰かがその家に放火した。それは仲間に入れてもらえなかった人の怨恨によるともいわれ、またクロトンの市民等がピタゴラス一派の権勢があまり強すぎて暴君化することを恐れたためともいわれている。とにかくピタゴラスはにげ出して行くうちに運悪く豆畑に行き当った。そこでかれは、戒律を破って豆畑に進入するよりは殺された方がましだといって逃走をあきらめた。そこへ追付いた敵が彼の咽喉を切開したというのである。
 一方ではまた捕虜になって餓死したとか、世の中が厭になって断食して死んだとか色々の説があるから本当のことは何だか分らない。しかし豆畑へはいるのがいやでわざわざ殺されたというのが本当だとすると、それは胃に悪いと…

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