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阿芳の怨霊
およしのおんりょう
作品ID42270
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」 春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-10-15 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 由平は我にかえってからしまったと思った。由平は怯れた自分の心を叱って、再び身を躍らそうとした。と、其の時背後の方から数人の話声が聞こえて来た。由平は無意識に林の中へ身を隠した。間もなく由平の前に三人の人影が現われた。それは宇津江帰りらしい村の壮佼であった。壮佼たちは何か面白そうに話しながら通りすぎた。由平はほっとした。
 其処は愛知県渥美郡泉村江此間の海岸であった。由平は其の村の油屋九平の娘の阿芳と心中を企てたのであったが、泳ぎを知っていたので夢中で泳いだものらしく、我にかえった時には、自分一人だけが波打際に身を横たえていた。由平は阿芳だけ殺してはすまないと思って、三度海の方へ歩いて往ったが、黝ずんだ海の色を見ると急に怖気がついた。由平はじっとしていられないので村の方へ向って走った。
 翌朝阿芳の死体は漁師の手で拾いあげられた。由平と阿芳の間は村の人だちにうすうす知られていたので、村の人だちの眼は由平に集った。由平は居たたまらなくなったので、二三日して村を逃げだした。
 村を逃げだした由平は、足のむくままに吉田へ往って、其処の旅宿へ草鞋を解いた。宿の婢は物慣れた調子で由平を二階の一間へ通した。
「直ぐ御食事になさいますか」
「さあ、たいして腹も空いていないが、とにかく持って来てもらおうか」
 婢が去ると、由平はごろりと其処へ寝転んだ。由平は将来を考えているところであったが、由平の懐中には二十円ばかりの金しかなかった。しかし、何をするにしても二十円の金では不足であった。由平は考えれば考えるほど前途が暗かった。
「お待ちどおさま」
 婢に声をかけられて由平は身を起した。由平の前には二つの膳が据えてあった。由平は婢が感違いをしたろうと思った。
「おい、此処は一人だよ」
「でも奥さんは」
「冗談じゃない、俺は一人だよ」
「でも、さっき、たしかにお伴れ様が」
 婢は不思議そうに室の中を見廻した。由平も不思議に思って四辺を見た。由平の隣には別に座蒲団が一枚敷いてあった。婢は其の座蒲団へ手をやった。
「今まで其処にいられましたが」
「え」
 由平はぎょっとしたが、そんな素振を見せてはならぬ。
「そんな事があるものか、そりゃ何かの間違いだろう」
 婢は不思議そうな顔をして膳をさげて往った。由平は鬼魅がわるかったが、強いて気を強くして箸を執った。そして、椀の蓋を取ろうとしたところで、別な蒼い手がすうっと来て由平の手を押えた。由平ははっとして顔をあげた。由平の前に若い女が坐っていた。それは死んだはずの阿芳であった。阿芳の顔は蒼くむくみあがって、衣服はぐっしょりと濡れていた。由平は椀を取って阿芳の顔へ投げつけた。椀は壁に当って音をたてた。由平は続けて手あたり次第に膳の上の茶碗や小皿を投げた。其の物音に驚いて主翁があがってきた。
「どうなさったのです」
 主翁は怒っていた。由平は…

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