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狸と俳人
たぬきとはいじん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇・伝奇時代小説選集3 新怪談集」 春陽文庫、春陽堂書店
1999(平成11)年12月20日
入力者Hiroshi_O
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-09-27 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 安永年間のことであった。伊勢大廟の内宮領から外宮領に至る裏道に、柿で名のある蓮台寺と云う村があるが、其の村に澤田庄造という人が住んでいた。
 庄造は又の名を永世と云い、号を鹿鳴と云って和歌をよくし俳句をよくした。殊に俳句の方では其の比なかなか有名で、其の道の人びとの間では、一風変ったところのある俳人として知られていた。
 庄造は煩雑なことが嫌いなので、妻も嫁らず時どき訪れて来る俳友の他には、これと云って親しく交わる人もなく、一人一室に籠居して句作をするのを何よりの楽しみにしていた。
 某年の晩秋の夕のことであった。いつものように渋茶を啜りながら句作に耽っていた庄造が、ふと見ると窓の障子へ怪しい物の影が映っていた。庄造は不審に思って衝と窓の障子に手をかけたが、何人か人だったら気はずかしい思いをするだろうと思ったので、其のまま庭前へ廻って窓の外を見た。窓の外には一疋の古狸が蹲まっていたが、狸は庄造の姿を見ても別に逃げようともしないのみか、劫ってうれしそうに尻尾を掉るのであった。庄造は興あることに思って、家の中から食物を持って来て投げてやった。と、狸は旨そうにそれを食ってから往ってしまった。
 其の翌日の夕方も庄造が書見をしていると、又窓の外へ狸が来て蹲まった。庄造は又食物を持って出て、狸の頭を撫でたりしたが、狸はちっとも恐れる風がなかった。
 其の狸は其の翌晩もやって来た。庄造は待ちかねていて座敷へ呼び入れた。狸は初めの間は躊躇している様子であったが、やがて尻尾を掉りながらあがって来た。そして、庄造が書見をしている傍に坐って一人で遊んでいたが、暫らくすると淋しそうに帰って往った。
 それから狸は毎晩のようにやって来た。庄造は淋しい一人生活の自分に良い友達が出来たような気がしてうれしかった。狸は庄造に馴れて庄造が帰れというまで何時まででも遊んで往くようになった。
 某夜狸がいつものように庄造の傍で遊んでいるうちに戸外は大雪になった。庄造は積った雪を見て狸を帰すのが可哀そうになった。で、狸の頭を撫でながら、
「おい、たぬ公、今夜は雪だから泊って往け」
 と云うと狸は尻尾を掉って喜んだ。其の夜狸は庄造の床の中へ入って寝たが、それから狸は庄造の許で泊って往くようになった。
 庄造が狸を可愛がっていることは、やがて村中の評判になった。村人は時どき夜の明け方などに、庄造の家から出て往く狸の姿を見ることがあったが、互にいましめあって危害を加えなかった。そして、村の子供達にも、
「先生様の狸に悪戯しちゃいかんぞ」
 と云い云いした。ところで、其の庄造が病気になった。初めはちょっとした風邪であったが、それがこうじて重態に陥った。村人達はかわりがわり庄造の病気を見舞ったが、其の都度庄造の枕許に坐っている狸の殊勝な姿を見た。庄造は自分の病気が重って永くないことを悟ったので、某日其の…

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