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『かげろふの日記』解説
『かげろうのにっき』かいせつ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 32」 中央公論社
1998(平成10)年1月20日
初出堀辰雄著「かげろふの日記・曠野」解説、1951(昭和26年)年7月
入力者門田裕志
校正者多羅尾伴内
公開 / 更新2004-03-22 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     堀君 一
唐松の遅き芽ぶきの上を
夏時雨 はるかに過ぎて――
 黄にけぶる 山の入り日

     堀君 二
冬いまだ 寝雪いたらず
しづかに澄む 水音。
 君ねむる。五分 十分――。
 ほのかなる けはひののちに、
 おのづから [#挿絵]をひらく。
日のあたる明り障子
たゞ白じろと ひろがり
見し夢の かそかなる思ひに つゞく

     堀君 三
みつまたの花咲く日
山原を 行きしかな。

山の戸をあけたる娘の
家こそは 小かりしか

もの言はぬ娘の
黒瞳の 冴え/″\と小かりしか

みつまたの花咲く道をくだり
うつ/\と 若きはたちを歎きたりけむ

     堀君 四
村の子を 友として
遊べとぞ 君を思ふ。

さ夜ふけて、枕べに
ほの/″\と 清きくれなゐ――。
 げん/\の花茎を
 見出でなどして――
 君が心 いよ/\たのしくならむ。

村の子を 友として遊ばねど、
たゞ清き生きものなる
村の子は、君が心を知りて
 瞻るらむ。君が門を――
 君がゐる [#挿絵]のあかりを――

     山居
山深き小鳥の声は、
しづかなり――。あまりしづけく
真昼間は 心とよみて、
起きがたく ひとりあらむ

私はまづ、堀君に感謝したい。
「愛する」では言ひ足らぬ――、魂の一部分が、そこに預けてあるやうな、親しい大和――其から山城の野山・村々、其よりも更にそこに佇み、立ち走り、蹲つてゐる姥や娘、又は若者たちに、優しい一瞥――ばかりでなく、思ひあまつて、いつまでも彼等の心に残るやうな、静かな声をかけて通り過ぎて行つた旅人――堀辰雄に、「ありがたうよ」と言ひかけずに居られない気がする。

堀君の旅は、あり来りのたゞの道を通つて行つてるとしか見えない。其でゐて、我々の思ひもかけぬ道の辻や、岡の高みや、川の曲り角などから、極度に静かな風景や、人の起ち居を眺めて還る。
さう言ふことが、この人の見た日本の過去の文学の上にもあつて、「堀君」「堀君」と沢山さうに、友だち扱ひにしてゐるのが、すまない気持ちになることが、始終ある。
堀君ばかりは、健康が順調になつても、やつぱり今のやうな生活をしてゐるに違ひない。さう思ふ程、ちつとも易へやうのない生活をして来た人である。
堀君を思ふと、まるで自分の追憶のやうに、若い堀君の、その時々が浮んで来る。落葉松の林に雨が過ぎ、はんがりやの娘などの自転車が、沢の中に光つて隠れて行く――軽井沢。そこに、子供ばなれのした頃から、しぼますことなく持ち続けてゐた清らかな恋ごゝろ――。此が皆、堀君の抱いて来た文学の姿ではなかつたか知らん。
東京も、大川向うで育つた堀君が、北信州の山野に、幾年もがゝりで求めたものは、何だつたらう。其をはつきり指摘しようとするのは、無貪著すぎる気がする。其を姑らくかう言つておいてはいけないだらうか。浅間表の木の葉…

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