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世界怪談名作集
せかいかいだんめいさくしゅう
副題05 クラリモンド
05 くらりもんど
著者
翻訳者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「世界怪談名作集 上」 河出書房新社
1987(昭和62)年9月4日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2004-10-26 / 2014-09-18
長さの目安約 61 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

 わたしがかつて恋をしたことがあるかとお訊ねになるのですか。あります。わたしの話はよほど変わっていて、しかも怖ろしい話です。わたしは六十六歳になりますが、いまだにその記憶の灰をかき乱したくないのです。
 わたしはごく若い少年の頃から、僧侶の務めを自分の天職のように思っていましたので、すべて私の勉強はその方面のことに向けていました。二十四のころまでのわたしの生活は、長い初学者としての生活でした。神学の課程を卒えますと、つづいて種じゅの雑務に従事しましたが、牧師長の人たちはわたしがまだ若いにもかかわらず、わたしを認めてくれまして、最後に聖職につくことを許してくれました。そうして、その僧職の授与式は復活祭の週間のうちに行なわれることに決まりました。
 わたしはその頃まで、世間に出たことがありませんでした。わたしの世界は、学校の壁と、神学校関係の社会だけに限られていました。それで、わたしは世間でいう女というものには、極めて漠然とした考えしか持っていませんでしたし、また、そんな問題において考えたりすることは決してありませんでしたので、全く無邪気のままに生活していたのでした。私は一年にたった二度、わたしの年老いた虚弱な母に逢いに行くばかりで、私とほかの世間との関り合いというものは、全くこれだけのことしかなかったのであります。
 わたしはこの生活になんの不足もありませんでした。わたしは自分が二度と替えられない終身の職に就いたことに対しては、なんの躊躇も感じていませんでした。私はただ心の喜びと、胸の躍りを感じていました。どんな婚約をした恋人でも、わたしほどの夢中の喜びをもって、ゆるやかな時刻の過ぎるのをかぞえたことはありますまい。わたしは寝る時には、聖餐式でわたしが説教する時のことを夢みながら床につくのです。わたしはこの世に、僧侶になるというほどの喜びは、他に何もないものだと信じていました。詩人になれても、帝王になれても、わたしはそれを断わりたいほどで、わたしの野心はもうこの僧侶以上に何も思っていませんでした。
 とうとう私にとって大事の日が参りました。私はまるで自分の肩に羽でも生えているように、浮きうきした心持ちで、教会の方へ軽く歩んでいました。まるで自分を天使のように思うくらいでした。そうして、大勢の友達のうちには暗いような物思わしげな顔をしている者があるのを、不思議に思うくらいでありました。わたしは祈祷にその一夜を過ごして、まったく法悦の状態にあったのです。慈愛ぶかい司教さまは永遠にいます父――神のごとくに見え、教会の円天井のあなたに天国を見ていたのであります。
 この儀式をくわしくご存じでしょうが、まず浄祓式がおこなわれ、それから、両種の聖餐拝受式、それから、てのひらに洗礼者の油を塗る抹油式、それが済んでから、司教と声をそろえて勤める神聖なる献身…

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