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世界怪談名作集
せかいかいだんめいさくしゅう
作品ID42305
副題03 スペードの女王
03 スペードのじょおう
著者プーシキン アレクサンドル・セルゲーヴィチ
翻訳者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「世界怪談名作集 上」 河出書房新社
1987(昭和62)年9月4日
入力者小林繁雄、門田裕志
校正者大久保ゆう
公開 / 更新2004-10-25 / 2018-02-08
長さの目安約 56 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

 近衛騎兵のナルモヴの部屋で骨牌の会があった。長い冬の夜はいつか過ぎて、一同が夜食の食卓に着いた時はもう朝の五時であった。勝負に勝った組はうまそうに食べ、負けた連中は気がなさそうに喰い荒らされた皿を見つめていた。しかし、シャンパン酒が出ると、とにかくだんだんに活気づいて来て、勝った者も負けた者もみんなしゃべり出した。
「で、君はどうだったのだい、スーリン」と、主人公のナルモヴが訊いた。
「やあ、相変わらず取られたのさ。僕はどうも運が悪いと諦めているよ。なにしろやっていることがミランドール(一種の骨牌戯)だし、いつも冷静にしているから、手違いのしようがないのだが、それでいて、しじゅう負けているのだからね」
「だって君は、一度も赤札に賭けようとしなかったじゃないか。僕は君の強情にはおどろいてしまったよ」
「しかし君はヘルマンをどう思う」と、客の一人が若い工兵士官を指さしながら言った。「この先生は生まれてから、かつて一枚の骨牌札も手にしたこともなければ、一度も賭けをしたこともないのに、朝の五時までこうしてここに腰をかけて、われわれの勝負を眺めているのだからな」
「人の勝負を見ているのが僕には大いに愉快なのだ」と、ヘルマンは言った。「だが、僕は自分の生活に不必要な金を犠牲にすることが出来るような身分ではないからな」
「ヘルマンはドイツ人である。それだから彼は経済家である。……それでちゃんと分かっているじゃあないか」と、トムスキイが批評をくだした。「しかし、ここに僕の不可解な人物が一人ある。僕の祖母アンナ・フェドトヴナ伯爵夫人だがね」
「どうしてだ」と、他の客たちがたずねた。
「どうして僕の祖母がプント(賭け骨牌の一種)をしないかが僕には分からないのだ」と、トムスキイは言いつづけた。
「どうしてといって……。八十にもなったお婆さんがプントをしないのを、何も不思議がることはないじゃないか」と、ナルモヴが言った。
「君はなぜ不可解だか、その理由を知るまい」
「むろん、知らないね」
「よし。では聴きたまえ。今から五十年ほど前に、僕の祖母はパリへ行ったことがあるのだ。ところが、祖母は非常に評判となって、パリの人間はあの『ムスコビートのヴィーナス』のような祖母の流し眼の光栄に浴しようというので、争って、そのあとをつけ廻したそうだ。祖母の話によると、なんでもリチェリューとかいう男が祖母を口説きにかかったが、祖母に手きびしく撥ねつけられたので、彼はそれを悲観して、ピストルで頭を撃ち抜いて自殺してしまったそうだ。
 そのころの貴婦人間にはファロー(賭け骨牌)をして遊ぶのが流行っていた。ところが、宮廷に骨牌会があった時、祖母はオルレアン公のためにさんざん負かされて、莫大の金を取られてしまった。そこで、祖母は家へ帰ると、顔の美人粧と袴の箍骨を取りながら、祖父にその金額…

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