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杜松の樹
ねずのき
作品ID42317
原題VON DEM MACHANDELBOOM
著者グリム ヴィルヘルム・カール / グリム ヤーコプ・ルートヴィッヒ・カール
翻訳者中島 孤島
文字遣い新字新仮名
底本 「グリム童話集」 冨山房
1938(昭和13)年12月12日
入力者大久保ゆう
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2005-05-08 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 むかしむかし大昔、今から二千年も前のこと、一人の金持ちがあって、美くしい、気立の善い、おかみさんを持って居ました。この夫婦は大層仲が好かったが、小児がないので、どうかして一人ほしいと思い、おかみさんは、夜も、昼も、一心に、小児の授かりますようにと祈っておりましたが、どうしても出来ませんでした。
 さてこの夫婦の家の前の庭に、一本の杜松がありました。或る日、冬のことでしたが、おかみさんはこの樹の下で、林檎の皮を剥いていました。剥いてゆくうちに、指を切ったので、雪の上へ血がたれました。(*(註)杜松は檜類の喬木で、一に「ねず」又は「むろ」ともいいます)
「ああ、」と女は深い嘆息を吐いて、目の前の血を眺めているうちに、急に心細くなって、こう言った。「血のように赤く、雪のように白い小児が、ひとりあったらねい!」
言ってしまうと、女の胸は急に軽くなりました。そして確かに自分の願がとどいたような気がしました。女は家へ入りました。それから一月経つと、雪が消えました。二月すると、色々な物が青くなりました。三月すると、地の中から花が咲きました。四月すると、木々の梢が青葉に包まれ、枝と枝が重なり合って、小鳥は森に谺を起こして、木の上の花を散らすくらいに、歌い出しました。五月経った時に、おかみさんは、杜松の樹の下へ行きましたが、杜松の甘い香気を嚊ぐと、胸の底が躍り立つような気がして来て、嬉しさに我しらずそこへ膝を突きました。六月目が過ぎると、杜松の実は堅く、肉づいて来ましたが、女はただ静として居ました。七月になると、女は杜松の実を落して、しきりに食べました。するとだんだん気がふさいで、病気になりました。それから八月経った時に、女は夫の所へ行って、泣きながら、こう言いました。
「もしかわたしが死んだら、あの杜松の根元へ埋めて下さいね。」
 これですっかり安心して、嬉しそうにしているうちに、九月が過ぎて、十月目になって、女は雪のように白く、血のように赤い小児を生みました。それを見ると、女はあんまり喜んで、とうとう死んでしまいました。
 夫は女を杜松の根元へ埋めました。そしてその時には、大変に泣きましたが、時が経つと、悲みもだんだん薄くなりました。それから暫くすると、男はすっかり諦めて、泣くのをやめました。それから暫くして、男は別なおかみさんをもらいました。
 二度目のおかみさんには、女の子が生まれました。初のおかみさんの子は、血のように赤く、雪のように白い男の子でした。おかみさんは自分の娘を見ると、可愛くって、可愛くって、たまらないほどでしたが、この小さな男の子を見るたんびに、いやな気持になりました。どうかして夫の財産を残らず自分の娘にやりたいものだが、それには、この男の子が邪魔になる、というような考えが、始終女の心をはなれませんでした。それでおかみさんは、だんだん鬼のような心にな…

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