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怪談覚帳
かいだんおぼえちょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談全集 Ⅱ」 桃源社
1974(昭和49)年7月5日
入力者Hiroshi_O
校正者大野裕
公開 / 更新2012-11-07 / 2014-09-16
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

四手網

 俳優の木下がまだ田舎まわりの馬の脚であった時、夜、利根川の土手を歩いていると、むこうの方の川縁に時とすると黒い大きな物があがって、それが星あかりに怪しく見える。ふるえふるえ往って見ると、それは四手網をあげているので、
「ああ、よかった」
 と云うと、今度は四手網の男が驚いて、
「わっ」
 と云って水の中へ落ちた。

天狗

 先輩高木孟旦翁の話。高木翁が土佐の本山と云う山奥の村で小学教師をしている時、己の家へ帰ったことがあったが、其の途中にかし山と云う山があって、其の峠には天狗が出るという噂があった。高木翁が其のかし山の峠にかかった時、木の間に音がして、五六尺もある怪物がばさばさとやって来て、それが天窓にさわった。これはてっきり噂の天狗だろうと思って、土の上につっ伏して顫えたが、やっと起きて見ると、もう怪物の姿は見えなかった。高木翁は安心して山をおり、下の茶店でうどんを喫いながら、
「今、天狗にあった」と云うと、茶店の老婆は、
「それは、もまだよ」と云って笑った。

荒倉の狸

 土佐の荒倉山には狸が出て人をたぶらかすと云うので、附近の者は恐れていた。弘岡の下の村の庄屋は、荒倉の狸のことを聞いて、ほんとに狸が化けて人をたぶらかすか、たぶらかさないかをたしかめようと思っていると、高知に往く用事が出来たので、高知に往ったが、今晩こそ狸のことをたしかめてやろうと思って、ガンギリで蕎麦を喫って日を暮し、夜になるのを待って出発した。そして、荒倉山にかかったところで、ふと見ると猫のような一疋の獣が傍を往くので、狸かもわからないと思いおもい跟いて往った。と、其の獣は樹の茂っているところへ往って、木の葉をとって体につけだしたが、つけるに従ってそれが衣服になり、袴になり、やがて刀をさした男になった。庄屋はそれを見て感心した。それに其の男の恰好がどう見ても己とそっくりである。おかしいぞ、此の狸奴、おれに化けて何をするつもりだろう、と思っていると、坂をむこうにおりて往くので跟いて往った。狸は山をおりて弘岡の下の村へ入り、其の庄屋の家の前へ往った。庄屋は此の狸奴、おれに化けておれの妻室をばかすと見える、と思っておると、狸は其の庄屋と同じ声で、
「今もどったぞ」と云った。すると女房が出て来た。狸は女房について上へあがった。庄屋は此の畜生、おれの女房をなぐさむつもりかも判らないぞと、外から縁側へあがって庖厨の障子の破れから覗いて見ると、狸は女房と話をしておる。其の時女房は狸に、
「御飯をおあがりになりますか」と云うと、狸は、
「ガンギリで蕎麦を喫って来たから好い」と云って、それから、「もうねようか」と云った。庄屋は、「けしからん奴だ、今にみよ」と刀をかまえて一生懸命にのぞいていると、後から、
「庄屋さん、庄屋さん」と背を叩く者がある。ふと気がついて見ると、己は荒倉の峠の石灯…

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