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魔王物語
まおうものがたり
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本怪談全集 Ⅱ」 桃源社
1974(昭和49)年
入力者Hiroshi_O
校正者大野裕
公開 / 更新2012-11-25 / 2014-09-16
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 日本には怪談はかなりあるけれども、其の多くは仏教から胚胎した因果物語か、でなければ狐狸などの妖怪であって、独立した悪魔のような物語はあまりない。その中にあって備後国の魔王の物語は、ちょっと風がわりであるから紹介してみよう。
 寛延年間のことであったらしい。備後国三次郡布努村に稲生平太郎と云う少年武士があった。彼には己の出生前からもらわれて来て稲生家を相続することになっている新八郎と云う義兄と、勝弥と云う幼少の弟があったが、新八郎は病身と云うところから、弟とともに新八郎の実家の中山源七方へひきとられて、家には一人の僕ばかりが住んでいた。平太郎は其の時十六歳であった。藩の武芸の師範をしている吉田次郎から三年間武芸を学んで、立派な腕を持っているところから、稲生の小天狗と云われていた。
 それは五月雨の降る比であった。侘しい雨が毎日降っていた。某日平太郎は雨の間を見て隣家へ遊びに往った。隣家の主人の権八はもと三の井と云う力士で、一度は紀州家の抱えとなっていた大関角力であったが、其の比は故郷へ隠退して附近の壮佼に角力の手ほどきをしてやっていた。
 年齢には余程の相違はあったが平太郎と権八の二人は非常に気があっていた。二人は隔てのない種々な話をした後で、権八がふと大熊山の妖怪のことを云いだした。大熊山は三次郡の西方にある巌石の峨々と聳えた山で、五十丁ばかりも登った処に三次若狭守の館の跡だと云う千畳敷と呼ぶ処があった。そして、また二十丁ばかりも往くと三次殿の塚と云う五輪の塔があって、其の背後には俗に天狗杉と云う七尋か八尋位もある大杉が、塚を覆うように枝葉を張っていた。
「どんなものか、一つ其の妖怪に逢ってみたいものじゃないかと[#「ものじゃないかと」は底本では「ものぢゃないかと」]」、権八は云いだした。平太郎も好奇らしい眼を輝かした。
「そうじゃ、逢ってみたいな」
「それでは二人で[#挿絵]引して、当った者が三次殿の塚のあたりに往ってみようか」
「好いとも、何時往く」
「今晩の亥時比が好いだろう、直ぐ出発ができるようにかまえていて、其のうえで[#挿絵]引をして、当った者が出かけようじゃないか」
 それはもう夕方のことであった。平太郎はひとまず我家へ帰って夕飯をたべ、何時でも出発できるように簑笠まで用意して、時刻を計って再び権八の家へ往ってみると、権八も身のまわりを調えて平太郎の来るのを待っていた。二人は紙撚を拵えて[#挿絵]にして引いてみると、それが平太郎に当った。
 真黒な中に雨がしとしとと降っていた。平太郎は簑笠を着け、草鞋を穿いて大熊山の方へ向ったが、覆面させられたようで何も見えない。足を稲田の中へ踏み入れたり、荊棘を踏んだりして路がはかどらなかった。これには平太郎も困りぬいたが、引返しては卑怯だと云われるから、足探りに路を探って進んだ。
 やがて大熊山の麓…

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