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恋愛の微醺
れんあいのびくん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「林芙美子随筆集」 岩波文庫、岩波書店
2003(平成15)年2月1日
初出「日本評論 昭和11年8月号」日本評論社1936(昭和11)年8月1日
入力者林幸雄
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-08-29 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 恋愛と云うものは、この空気のなかにどんな波動で飛んでいるのか知らないけれども、男が女がこの波動にぶちあたると、花が肥料を貰ったように生々として来る。幼ない頃の恋愛は、まだ根が小さく青いので、心残りな、食べかけの皿をとってゆかれたような切ない恋愛の記憶を残すものだ。老けた女のひとに出逢うと、娘の頃にせめていまのようなこころがあったらどんなによかったでしょうと云う。だから、心残りのないように。深尾さんの詩に、むさぼりて 吸へどもかなし 苦さのみ 舌にのこりて 吸へどもかなし、ばらの花びら こんなのがある。どんな新らしいと云う形式の恋愛でも、吸へどもかなし 苦さのみで、結局、魂の上に跡をとどめるものは苦さのみじゃないだろうか。私は新らしいと云う恋愛の道を知らない。新らしいと云うのは内容のかわった恋愛と云う意味ではなく、整理のついた恋愛を云うのかも知れないけれども、すぐ泥にまみれたかたちになってしまう。――懶惰で無気力な恋愛がある。仕事の峠に立った、中年のひとたちの恋愛はおおかたこれだ。
 この間も、ある女友達がやって来て、あなたはいま恋愛をしていないのかと訊く。恋愛もいいけれど怖いようなと云うと、その友達は恋愛になまけてしまってはいけない、恋をすれば、仕事も逞ましくなり、躯も元気になるものだと話していた。
 その友達の話して行った中、こんな例がある。子供が二人あって、良人に死別した絵を描く若い寡婦が、恋の気持ちを失って来ると、心がだんだん乾いて来て、生活がみじめになって、絵もまずくなり、容貌も衰えて、どうして生きていいのか解らなかったのだけれども、ふとすきな青年をみつけて、その男と仲よくなってしまったら、急に容貌も生々と美しくなり、絵もうまくなり、そうして、何より面白いことには、二人の子供を叱らなくなったと云うことだ。恋愛のない時分は、いつも苛々していて、朝から晩まで子供ばかり叱っていたのだと云う。
 道徳の上から律してゆけば、この未亡人の恋愛はどんな風なものなのか、私には解らないけれども、これは可憐な話だとおもう。恋人に逢った翌る日は、てきめんに生活が豊富になると云うのだ。この若い寡婦はまた、その男とは結婚しないと云う約束のもとに二、三年も濃やかな愛情をささげおうていると云うことだが、こんな恋愛は新らしいとは云えないだろうか。結婚をするといっぺんに厭になりそうな男だけれども、恋愛をしていると、何かしげきされて清々しいのだと云うことだ。――十代の女の恋愛には、飛ぶ雲のような淡さがあり、二十代の女の恋愛には計算がともない、三十代の女には何か惨酷なものがあるような気がする。
 本当の恋愛とはどんなのをさして云うのだろう。サーニンのようなものを云うのだろうか、エルテルの悩みのようなものだろうか、それとも、みれん、女の一生、復活、春の目ざめ、ヤーマ、色々な恋愛もあるけれ…

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