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静物
せいぶつ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代文学大系 64 現代名作集(二)」 筑摩書房
1968(昭和43)年2月10日
初出「東京朝日新聞」1922(大正11)年11月
入力者土屋隆
校正者小林繁雄
公開 / 更新2006-09-12 / 2014-09-18
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 家を持つて間のない道助夫妻が何かしら退屈を感じ出して、小犬でも飼つて見たらなどと考へてる頃だつた、遠野がお祝ひにと云つて喙の紅い小鳥を使ひの者に持たせて寄来してくれた。道助はその籠を縁先に吊しながら、此の友人のことをまだ一度も妻に話してなかつたのを思ひ出した。
「古くからの親友なんだ、好い人だよ。」と彼は妻に云つた。
「では一度お招びしたらどう。」と彼女が答へた。道助はすぐに同意した。彼女はその折りに食卓に並べる珈琲茶碗や小皿のことなどに就て細々と彼に相談し初めた。
 二三日して彼は郊外にある遠野の画室を訪ねた。明るい光線の満ちた部屋の中に、いつの間に成されたのか新しい制作が幾つも並べられてゐた。それを見てゐると道助は急に自分の影が薄れて行くやうな苛だたしさを覚えた。
「君、これは光線の具合だらうか、」と遠野が這入つて来るなり彼の顔を凝視して云つた、「どうも君の顔が変つたやうな気がする。」そして彼は画室の隅に立てかけてある、八分通り出来上つた道助の肖像画の方へ振り返つた。
「どうしてだらう、あれを描いて呉れてた時分からまだ半月も経たないよ、」と道助が微笑みながら答へた。すると遠野は急に道助の肩を揺すつて
「あゝ君は幸福過ぎるんだ。」と叫んだ。
「君は大変な人相屋だ。」と道助は皮肉な気持ちで答へた。遠野は故意とお道化た風に点頭きつゝ棚から口の短いキュラソウの壺を取り下ろした、そしてそれを道助の洋盃へ酌ぎながら
「兎も角君も落ちついたと云ふものだ。」と云つた。それは、その頃まで道助の周囲を取り捲いてゐた空気の明暗をよく呑込んだ言葉だつた。然しそれを聞くと、道助は却つて自分の気持ちが妙に硬ばるのを感じた。で彼は窓の外へ眼をやつた。
「何か感想がありさうなものだな、」と遠野は笑ひながら云つた。
「話さうと思へば無くもないさ、然しそんなことは馬鹿げてる。」と道助は呟くやうに答へた。
「その馬鹿げたことを訊いてるのさ。」と遠野が今度は椅子の上に反り返つてのびをしながら云つた。そしてすぐに彼は「実際、面白いことはさう沢山無いよ。」と附け足した。その調子が可笑しくて道助は思はず噴き出した。それに連れて遠野もお腹を抱へた。
 するとその彼等の声に応じるかのやうに扉を叩する音が静かに響いて来た。道助は立ち上つた。
「いゝんだよ。」と云ひつゝ遠野はまたキュラソウの壺を取り上げた「でどうだ。あの鳥は?」
「あゝ失敬、彼女が大変喜んでゐるよ。退屈なものだから。それでね、是非一度君を招待しろと云ふんだ。」
「あゝその使ひに来てくれたのか、ありがたう、ゆくよ、奥さんにも逢つとかなくちやね。」
 その時、劇しく扉が明け放たれた。そして濃い空色のショウルを自暴に手首に巻きつけたモデルのとみ子がつと這入つて来た。彼女は片手に持つてゐた花束を乱暴に床の上に投げ出して、どんとぶつ…

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