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電車と風呂
でんしゃとふろ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第七巻」 岩波書店
1997(平成9)年6月5日
初出「新小説」1920(大正9)年5月1日
入力者砂場清隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-12-17 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 電車の中で試みに同乗の人々の顔を注意して見渡してみると、あまり感じの好い愉快な顔はめったに見当らない。顔色の悪い事や、眼鼻の形状配置といったようなものは別としても、顔全体としての表情が十中八、九までともかくも不愉快なものである。晴れ晴れと春めいた気持の好い表情は、少なくも大人の中にはめったに見付からない。大抵神経過敏な緊張か、さもなくば過度の疲労から来る不感が人々の眼と眉の間や口の周囲に残忍に刻まれている。たまには面白そうに笑っている人があってもその笑いは多くの場合には笑わないよりも一層気持の悪い笑いである。これらの沢山の不愉快な顔が醸す一種の雰囲気は強い伝染性を持っていて、外から乗り込んで来る人の心に、すぐさま暗い影を投げないではおかない、そして多くの人の腹の虫の居所を変えさせようとする傾向がある。
 自分がこういう感じを始めてはっきり自覚したのは外国から帰った当座の事であった。二年振りで横浜へ上陸して、埠頭から停車場へ向かう途中で寛闊な日本服を着て素足で歩いている人々を見た時には、永い間カラーやカフスで責めつけられていた旅の緊張が急に解けるような気がしたが、この心持は間もなく裏切られてしまわねばならなかった。その夜東京の宿屋で寝たら敷蒲団が妙に硬くて、まるで張り板の上にでも寝かされるような気がした。便所へ行くとそれが甚だしく不潔で顔中の神経を刺戟された。翌朝久し振りで足駄を買って履いてみると、これがまた妙にぎごちないものであった。そして春田のような泥濘の町を骨を折って歩かなければならなかった。そのうちに天気が好くなると今度は強い南のから風が吹いて、呼吸もつまりそうな黄塵の中を泳ぐようにして駆けまわらねばならなかった。そして帽子をさらわれないために間断なき注意を余儀なくさせられた。電車に乗ると大抵満員――それが日本特有の満員で、意地悪く押されもまれて、その上に足を踏みつけられ、おまけに踏んだ人から「間抜けめ、気を付けろい」などと罵られて黙っていなければならなかった。このような――当り前ならば多分何でもないと思われるべき事が、しばらく忘れていただけに非常に強く当時の自分の頭に印象された。その時分から妙に電車の乗客の顔が不愉快に陰鬱にあるいは険悪に見え出したのである。そして色々な事を考えてみた。あまり確実な事は云われないが、西洋の電車ではこんな心持のした事はなかったように思う。勿論疲れた眠い顔や、中にはずいぶん緊張した顔もあるにはあったろうが、別にそれがために今のように不愉快な心持はしなかった。人種の差から免れ難い顔の道具の形や居ずまいだけがこのような差別の原因であろうか、何かもっとちがったところに主要な原因があるのではあるまいかと考えてみた。
 先ず堅い高足駄をはいて泥田の中をこね歩かなければならない事、それから空風と戦い砂塵に悩まされなければならない事、…

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