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未来の天才
みらいのてんさい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第一巻(小説Ⅰ)」 未来社
1967(昭和42)年6月20日
初出「人間 第三卷七月號」人間社出版部、1921(大正10)年7月1日
入力者tatsuki
校正者岩澤秀紀
公開 / 更新2010-12-07 / 2014-09-21
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 幸福というものは、何時何処から舞い込んでくるか分らない。それをうまく捉えることが肝要なのだ。――あの朝、遅くまで寝床に愚図々々してた時、天井からすっと蜘蛛の子が降りてきた。あるかなきかの細い一筋の糸を伝って、風よりも軽いちっちゃな蜘蛛の子が、室の中に澱んだ空気の間をぬけて、すーっと降りてくる拍子に、私の顔へぼやりと落ちかかった。微妙な一種の感触――それもあるかなきかの――に、ふっと眼を開くと、糸をたぐりながらくるくると動かしている手足の中にまるまった灰白色の蜘蛛の子は、私の顔から二三尺上の宙に浮んでいて、だんだん上へ昇ってゆく、と思ううちに、もう見えなくなってしまった。その瞬間に私は、「これは縁起がいいな」と思った。後で考えると、朝蜘蛛は縁起がいいということを聞いたようでもあるし、天井から降りてくる蜘蛛は凶兆だということを聞いたようでもあるが、兎に角、あの瞬間に縁起がいいと思ったのが仕合せだったのだ。なぜなら、そんな筈はない訳だけれども、それでも何となく私には、そう思ったために伯父の手紙も私の手にはいったように考えられてならないのである。――それから一時間とたたないうちに、伯父の手紙が私の手許に届いたのだった。
 私は机の抽出から洋封筒を取出してみた。中をあらためると、やはり十円紙幣が五十枚ちゃんとはいっていた。その束を掌の上にのせてみると、軽やかな中にも何だかずっしりとした重みを含んでるようだった。私はその一枚をぬき取って仔細に眺めた。冠を頂いた誰かの肖像や神社などを刷り込んだ表面よりも、凡てが模様化された裏面の方がずっといいと思った。それから、全体の色と紙質とが非常にいい。両手で引張ったり爪先ではじいたりしてみると、緻密な強靱な音を立てる。しまいに私は何気なく、それを日の光りに透してみた。すると、アラビヤ数字で十と刷り込んである下に、五七の桐の模様がありありと浮出してきた。表からも裏からも見えないように、紙の中に漉き込んであったのだ。私はこの意外な発見に一層嬉しくなった。嘗て必要以外の金を手にしたことのなかった私には、不意に舞い込んできたその紙幣が、貴い玩具のようにさえ思えてきた。兎に角、五七の桐を漉き込んだこの五十枚の紙片があれば、可なり面白いことが得られそうな気がした。
 私はそれをまた洋封筒の中にしまって、それから、念のために――全く念のために、伯父の手紙をもう一度読んでみた。幾度読んでも同じだった。「謹啓益々御多祥……」云々という例のきまり文句が真先に出て来たが、「平素充分の事も出来不申汗顔の至り……」などと妙に卑下した調子に変ってるのも可笑しかった。私は父の死後、国許の母から毎月四十円ずつの生活費を送って貰うことになっていたが、それでは到底足りないので、時々伯父へ幾何かの補助を願っていた。それをいつも文句なしに送ってくれる伯父は、汗顔の至り所…

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