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都会の幽気
とかいのゆうき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)」 未来社
1965(昭和40)年12月15日
初出「サンデー毎日」1924(大正13)年1月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2007-11-14 / 2014-09-21
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 都会には、都会特有の一種の幽気がある。暴風雨の時など、何処ともなく吹き払われ打ち消されて、殆ど姿を見せないけれども、空気が凪いで澱んでいる時には、殊に昼間よりは夜に多く、ぼんやりと物影に立現れたり、ふらふらと小路を彷徨したりする。
 幽気があるのは、必ずしも都会に限ったものではない。田舎には田舎の幽気があり、山林田野には山林田野の幽気がある。然しそれらの幽気はみな、人間離れのした怪異味を有するものであるが、ただ都会の幽気だけは、どこまでも人間的であり、人間の匂いを持っている。
 幽気であって幽鬼でない以上、それは勿論、形あるが如くなきが如く、音も立てず口も利かず、ただそれと感じられるばかりで、朦朧と浮游しているのであるが、一度それに触れると、人は慄然として、怪しい蠱毒が全身に泌み渡るのを覚ゆる。
 この幽気はどこから生じたのであろうか? 恐らくは、大都会の無数の人間の息吹きが、心の願望が、肉体の匂いが、凝り集って朧ろな命に蘇えったものであろう。実際この都会には、余りに無数の人間が群居している。如何なる小路の奥にも、人の足に踏まれなかった一隅の地面もない。如何なる奥まった壁の面にも、人の眼に見られなかった一片の亀裂もない。吾々の胸に吸われ肌に触れる空気は、幾度か人の胸に吸われ肌に触れたものである。其他この都会の中のあらゆるものが、人間に接触し人間の気を帯びている。そして、劇場や寄席や活動写真館などの中に、むれ臭い濛気がこめると同じように、都会の中にも、人間の息吹きが凝って一つの濛気となり、至る所に立罩めている。而もその濛気の中には、或る時或る瞬間の種々雑多な姿や意欲や匂いなどが、数限りもなく印刻せられる。或る小路の角には、若い男が恋人を待って佇んだだろう。或る暗がりには、盗人が息をこらして潜んだだろう。或る電柱の影には、刑事が非常線を張っただろう。或る軒の下には、病める乞食が一夜を明しただろう。或る街路の舗石の上には、自動車に轢き殺された子供の死体が横たわっただろう。或る尖った石塊には、帰り後れた泥酔の人が躓いただろう。或る静かな裏通りには、若い夫婦が手を取り合って散歩しただろう。或る垣根には、肺を病む老人が血を吐いただろう。或る門口には、恵みを受けた放浪者が感謝の涙に咽んだだろう。或る木影には、糊口に窮した失業者が悲憤の拳を握りしめただろう。或る十字街には、争闘者の短刀が閃いただろう。或る石塀には、高笑いをする狂人が唾液を吐きかけただろう。其他数えきれないほどのことを、或る時或る瞬間に或る場所で人は為しただろう。それらのものがみな、この都会の濛気の中に跡を止める。そしてそれが、渦巻き相寄り相集って、さまざまな幽気に凝結し、朧な命を得て浮游する。暴風雨などに逢えば、何処ともなく吹き払われるけれども、静かに空気が淀んで濛気が凝ってくると、ぼんやりとそこいらに立…

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