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好意
こうい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)」 未来社
1965(昭和40)年12月15日
初出「改造」1924(大正13)年9月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2007-11-08 / 2014-09-21
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 河野が八百円の金を無理算段して、吉岡の所へ返しに来たのは、何も、吉岡の死期が迫ってると信じて、今のうちに返済しておかなければ………とそういうつもりではないらしかった。河野の細君にはそういう気持が多少働いてたかも知れないが、河野自身には少しもそんなことはなかったらしい。後で河野は私へ向って云った。
「八百円の金を拵えるのに貧乏な僕は、ひどい無理算段をしたには違いない。然し僕は、吉岡がもう長くは生きないだろうなどと思って、今のうちに返済しておかなければ、永久に吉岡の好意から解き放される機会がないと、そんなつもりでは少しもなかったのだ。僕はただ、吉岡を安心させる………いや安心させるのとも違う……何と云ったらいいかなあ……兎に角、吉岡が僕達の生活を救ってくれた。そこで僕達はどうにか生きてきた、そして今では自分の腕で暮してゆけるようになってる、というその感謝の意を、あの八百円で病床の吉岡に知らしたかったのだ。僕のやり方もまずかったには違いないけれど、あんな風に誤解されようとは、夢にも思わなかったことだ。」
 河野としてはそれが本当の所だろう。然し吉岡の方にだって、単に誤解というだけでは片付けられない、もっと複雑な気持が働いてたに違いない。
 が、こんな風に説明したり註釈したのではきりがない。じかに事件だけを物語ることとしよう。裏面にいろんな事情や感情が絡んでいたかも知れないし、話の正鵠を失することがあるかも知れないが、私としてはただ、眼に触れ耳に触れたことだけを、そのまま物語るの外はない。考えてみれば、変な話ではあるが……。

      一

 河野が八百円はいっている洋封筒を懐にして訪れた時、吉岡はわりに元気な平静な気分でいた。今日は朝から血痰が一度も出ないし、熱もないようだから、よかったらゆっくり話していってくれ給え、などと云って、人なつっこい笑顔で河野を迎えた。河野は意外な気がした。その離れの十畳の病室へ通される前に、彼は敏子さんから注意されたのだった。
「余りよくないようでございますの。側からは元気らしく見えますけれど、実は面白くない容態にさしかかっているので、人に会うことも出来るだけ避けたがよいと、そう申渡されていますのよ。でもあなたには始終会いたがっていましたし、少しくらい宜しいかと思いますわ。」
 で河野は、ただ用件だけを済すつもりで、十五分ばかりと約束して、病室へ通ってみると、吉岡は思ったより晴々した顔付をしていた。そして、共通の友人達の消息や、河野の近頃の製作のことや、展覧会の噂などを、新たな興味で尋ねかけて、次には枕頭のゴヤの画集を引寄せながら、偉い画家だとは思うけれどどこかデッサンの狂いがあるらしいと、そんなことまで指摘し初めた。河野はそれに逆らわないように調子を合せて、それから、なるべく頭を使わないで静にしていた方がよい、呑気が病気には第一…

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