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丘の上
おかのうえ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)」 未来社
1965(昭和40)年12月15日
初出「女性」1925(大正14)年9月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2007-12-26 / 2014-09-21
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 丘の上には、さびれた小さな石の堂があって、七八本の雑木が立並んでいた。前面はただ平野で、部落も木立も少く、農夫の姿も見えない、妙に淋しい畑地だった。遠くに一筋の街道が、白々と横たわっていた。その彼方、暗色に茫とかすんでる先に、帯を引いたような、きらきら光ってる海が見えていた。
 その丘の上の、木立の外れの叢の上に、彼等は腰を下した。枝葉の密なこんもりと茂った白樫が、濃い影を落していてくれた。彼は帽子とステッキとを傍に投り出して、ハンカチで顔を拭いた。汗を拭き去られたその額が、蒼白かった。が彼女の顔は、白樫の葉裏の灰白色の反映を受けてか、更に蒼白かった。眼を伏せて、日傘の柄を膝の上でもてあそんでいた。
 どこにも入道雲の影さえ覗き出していないのが、不思議だと思われるくらいに、空はあくまで晴れ渡って、真夏の日の光が、あたり一面に、そして眼の届く限り一面に、じりじり照りつけていた。淋しい蝉の声が、木立の中に封じこまれていた。乾燥しきった微風が、ゆるく流れていった。
「あああれですね。」
「ええ。」
「いつもあんなですか。」
「晴れた日は大抵光っていますの。そして夜になると、篝火が見えるんですって。」
「漁船の……。」
「ええ。」
「全く妙な景色だ……。」
「どうして。」
「草藪ばかりの、上に七八本の木立があるきりの、平凡な丘と、ただ平らな畑の眺めと、それだけじゃありませんか。それが先の方へいって、地平線のところに、帯のような海がきらきら光ってる……。」
「だからあたし、一飛びにあすこまで飛んでいきたいと、いつもそう思うんですの。」
「だって、時々海へはいりに出かけるんでしょう。」
「………」
「怒ったんですか。」
「………」
「御免なさい。何も……そんなつもりで云ったんじゃないんです。」
「だって、あんまりですもの。」
「然しわたしはそう思うんですよ。ここから見ると、海はあんなに光ってるが、側へ行ってみると、やはりただの平凡な海に過ぎない……。」
「海はそうですけれど……。」
「海とは違うと言うんですか。だけど結局は、やはり同じじゃありませんか。」
「いいえ、違ってよ。」
「じゃあどう違うんでしょう。」
「どうって……それは、行ってみなければ……。」
「そうです。行ってみなければ分らない。ただそれだけの違いです。」
「でも、行ってみたら……。」
「それは案外違ってるかも知れません、また違っていないかも知れません。そして、その分らないところに非常な魅力がある。ただそれだけのことです。」
「………」
「また黙りこんでしまいましたね。それじゃ打明けて云いましょうか。わたしも、そういう魅力に惹かされたことがあるんです。」
「え、あなたが……。」
「そうです。あなたがこちらへ来てから、暫く手紙が来なかったことがありましょう。あの当時です。何もかも嫌になって、淋しくなって、…

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