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不肖の兄
ふしょうのあに
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第二巻(小説Ⅱ)」 未来社
1965(昭和40)年12月15日
初出「改造」1925(大正14)年12月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-11-26 / 2014-09-21
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 敏子
 なぜ泣くんだ。何も泣くことはありゃしない。嬉しいのか、悲しいのか……いや兎に角、こんな時に泣く奴があるものか。
 僕も悪かった。がそりゃあ、皆が云う通りの不肖の兄、そういう僕なんだから、おかしな理屈だが、まあ名前に免じて許してくれよ。
 僕は知らなかったんだ、お前と浜地との間を……あの翌朝まで。薄々は分ってたようにも後では思えるが、全く、翌朝初めて母から聞いてはっきり分ったのだった。
 可笑しな朝だったよ。
 さすがに僕だって、前夜のことがぼんやり気にかかって、ぼんやりしてるだけにちょっと弱らされた。それで、十一時頃まで寝床の中に愚図ついていて、起き上るとすぐに、酒を飲むと云い出してみた。
「え、お酒。」
 言葉と一緒に息をつめて、さも呆れ返ったように母が見つめてきたので、僕は一寸首をすくめたが、すぐに眉根をしかめてごまかしてやった。
「ええ。何だか頭痛がするようだから、少しでいいんです。一本……つねや、」と僕は女中を呼んだ、「つねや、大急ぎ、一本お燗をするんだよ。」
「まあ、お前はほんとに……。昨晩あれほど飲んでおいて、その上まだ飲むつもりなんですか。」
「だから、一寸、すこうし……変に頭が痛くって……本当ですよ。」
 そんなことが信じられるものですか、というような母の顔付だったが、それでも機嫌はさほど悪そうでもなかった。うまくいった、と僕は思った。
 ところが、朝食の膳に向って、一人でちびちび、苦い味を我慢して飲み初めると、母は飯櫃の横に控えて、じっと僕の方を見守ってきた。
「お前は一体、どういう気なんです。浜地さんと敏子との話に、賛成だなんて云っておきながら、昨晩はあんなに浜地さんのことを……それも、お前のお友達じゃありませんか。まるで酔払いの悪体みたいに……。そして今日はまた、お午近くまでも寝ていて、やっと起き上ったかと思えば、またお酒……。家は茶屋小屋じゃありませんよ。それとも、酒の上でなければ云えないような、何か不満なことがあるなら、はっきり云ってごらんなさい。浜地さんのことについて、何か腑に落ちないことがあったら……。今のうちなら、どうにでもなるんですから……。そりゃあ浜地さんのことはお前が一番よく知ってるのだから、はっきり理由の立つことなら、わたし達も無理に話を進めようとするのではありませんよ。だけど、昨晩のような、嘘だか本当だか分らない、まるで酔払いの寝言みたいんじゃあ、取り上げるわけにはいきませんからね。」
 そんな風に云われると、僕はもう参ってしまった。母の気持は変に真剣に動いていた。初め僕は、兄との喧嘩の方ばかりを気にしていたが、母はそんなことはけろりと忘れたかのように、浜地のことばかりを、真面目に考えてるらしかった。
 僕は頭をこつこつ叩きながら云った。
「酔払ってたんですよ、昨晩は……。何だかでたらめに饒舌ってるうちにな…

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