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逢魔の刻
おうまのとき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-05-22 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昔は、逢魔の刻というのがいろいろあった。必ずしも真夜中丑満の頃ばかりでなく、白昼かっと日が照ってる時、眼に見えぬ影――魔気――が街路を通っていったり、薄暗がりの夕方、魔物が厠に潜んでいたりした。
 現在、吾々の生活にも――特に精神生活には、そういう逢魔の刻がいろいろある。「こんなことをして一体に何になるか。」というのがそれだ。物を書いたり、金儲けをもくろんだり、女と戯れたり、人類とか社会とかを考えたり、鍬を執ったり、ハンマーを振上げたり、とにかくいろんなことをしてる最中、ふと、「何になるか」というやつに出逢ったが最後、吾々の精神は白け渡って、溌剌たる生活力は萎微してしまう。
 其奴は、真理の面と詭弁の面とを二重に被ってる恐るべき魔物だ。
 この夏、或る日の午後私は、浅間山麓を迂廻してる草津旧街道の、小さな一軒の茶店に立寄った。電車や自動車が発達してからは、その旧街道を徒歩で辿るような閑な旅客は殆んどなく、野中に孤立してるその茶店に足を止めて、渋茶をすするような好奇な者はめったにない、というような慨歎を、茶店の主人は朴訥なお愛想の調子で私に話すのだった。
「おっと……ここに一人あらあね。」
 突然大きな声で、そのあとは威勢のいい笑い声となった。
 それは、先刻から――或いはもう幾時間も前から、茶店の上り框の片隅に腰掛けて酒を飲んでる、四十四五の年配の木挽だった。
 茶店の中には、三人きりだった。木挽の言葉は私を指すのか或いは彼自身を指すのか……。腑に落ちない眼付を私は彼の方に向けた。
「尤もおらあ、お客じゃあねえが、やはり旅の者だあね。ああどうやら、いい気持になった。こんな時には酒に限らあ。旦那も一杯いかがで……。どうもね、旦那、あっしも今日という今日は、年齢だってことを、つくづく感じたね。」
 そこで、茶店の主人は黙りこみ、木挽が一人で饒舌り立て、私がその聴手となった。
 紺の絆纒、腹掛、脚絆、草鞋ばき、膳の上には鯣と四五本の銚子、風呂敷に包んだ大きな鋸が土間の戸に立掛けてある。そして彼は地酒の酔に日焼の顔を輝かしながら、立続けに饒舌った。その酔余の冗言を言葉通りに写せば長くなるから、概略すれば――
 彼は鋸一本で……それと腕っぷしとで、日本全国を股にかけて歩いてる独り者だった。金がある時には、温泉に浸る、女を買う、兎や山鳥を食う……。金が無くなれば、親分を頼っていって、働かして貰う。マラリアが恐いので台湾には渡らなかったが、朝鮮にはだいぶ居た事があるし、其他、南は鹿児島から北は北海道の果まで、各地を渡り歩いてるのだった。
 ところで、こんど暫く草津の湯にはいってから、小諸に仕事を求めるために、鋸をかついで街道を歩いてきた。朝のことだ。上天気だ。六里ヶ原にさしかかると、早くも秋草が咲いている。牧場の牛が群れている。浅間山の煙が真直に立っている。いい景色だ、…

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