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条件反射
じょうけんはんしゃ
作品ID42511
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-05-25 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

      煙草

 煙草の好きな某大学教授が、軽い肺尖カタルにかかった。煙草は何よりも病気にさわるというので、医者は禁煙か然らずんば節煙を命じ、家人たちもそれを懇望し、本人もその決心をした。ところが彼は、多年の習慣で、煙草の煙が濛々と立罩めた中でなければ勉強が出来ない。節煙の決心で書斎に坐っていると、うまいまずいの問題ではなく、殆ど無意識的に、いつしかやたらに煙草をふかしては、苦しい咳をしている。――然るに彼は、学校で、二時間の講義の間、煙草を吸いたいなどという気は毫も起ったことがない。教室では全然煙草を忘れてしまうのである。
 彼は嘆じて云う。「煙草を節するには、朝から晩まで立続けに講義をするか、或は書斎を教室に改造するかより、他に方法はない。」
 彼にとっては、教室で煙草を吸わないことと、書斎で煙草を吸うこととは、全く同一の条件らしい。

      接客

 父祖数代江戸生れで、本当の江戸児――東京児――だということを誇りにしてる、老婦人がある。意地っぱりで気はしっかりしているが、数年来病弱で、始終医薬に親しみ、家の中でぶらぶら暮している。そして一度来客に接すると、態度から表情から言葉付まで、全く健康者と変りがなく、数時間の応対にも疲労の色さえ見せない。然し客が帰るや否や、気の張りが一時に弛んで、ぐったりと半病人の状態になってしまう。如何なる時如何なる来客に対しても、そうなのである。それが彼女の心身にどんな無理を来してるか、彼女自身でもよく分っていながら、どうにもならないのである。まして、家人の忠告など何の役にも立たない。
 野人の不愛想もさることながら、都会人のそうした性癖も困りものである。馬は死ぬまで立っている、と云ったら、彼女は快心の笑みを浮べるかも知れない。然し、芸妓は如何に心に屈託があろうともお座敷に出ては朗かに笑うものだ、と云ったら、彼女はどういう顔をするであろうか。

      議会

 柔道三段の腕前を持っていて、赭顔肥大、而も平素は温厚な好々爺である、某代議士が云う。「議会というものは、そんなものではない。堂々たる政見を発表し、高遠なる経綸抱負を披瀝するのは、そしてそれに対して神聖公平な討議を行うのは、平素のことだ。一度議場に臨めば、党争が凡てを支配する。ただ戦術あるのみだ。戦術は直接法現在を基調とする。直接法現在は腕力に帰着する。だから、平穏な議場の空気は、ただ眠気を催させるだけで、ばかばかしくなる。静粛な議会などは、議場心理を知らない痴人の夢想だ。誰でもあの議席についたら、腕がむずむずして、脾肉の歎を感ずるのが当然だ。」
 議会にそういう条件がいつ構成されたかは不明だが、それが真であるとするならば、また何をか言わんやである。境に転ぜられざる底の人士を現代に求むるのは、或は無理かも知れない。

      原稿紙

 或る文学少…

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