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ねこ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-05-28 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 猫は唯物主義だと云われている。
 その説によれば、猫は飼主に属するよりも、より多く飼家に属するそうである。飼主の人間どもが転居する時、猫はそれに従って新居に落付くことなく、旧家に戻りたがる。それが空家になっていようと、或は新らしい人間どもが住んでいようと、そんなことには頓着なく、旧家に住み続けたがる。だから、三日飼われてその恩を三年忘れない犬と反対に、猫は三年飼われてその恩を三日にして忘れる。云いかえれば、三年飼われてその家を三日にして忘れる犬と反対に、猫は三日飼われてその家を三年忘れないとか。
 十年ほど以前のこと、私の家に、一匹の若い猫がはいりこんできた。追っても逃げない。外へ出してもまたはいって来る。見知らぬ私たちに、喉を鳴らしながら甘ったれる。平気で物を食い、泰然と居眠る。図々しい呑気な闖入者だ。私たちはその家にもう五六年住んでいたし、猫は生後一年とはたたない若さだったので、猫が、私たちには勿論、家にも馴染がなかったのは明かである。それでも当然自分の家だというように腰を落付けている。その様子、私たちよりも、粗末な家だが、家が気に入ったものらしい。
 頭と背が赤茶地に黒線の虎斑の、頸から腹や足先にかけて白い、尾の短い、普通の牝猫だったが、私たちはそのまま飼い続けた。
 二年ばかり後、私たちは他の家に移転した。四五町しか距っていない家だったので、猫が旧家に逃げ戻りはしないかと、飼えば愛情が出て、少々心配した。だが何のこともなかった。目隠しもせず、ただ抱いて来ただけで、繋ぎとめる必要もなく、私たちと一緒に、当然だという顔付で、新らしい家に落付いてしまった。家によりもより多く飼主に馴染んでいるのだ。
 其後この猫、年に一二回妊娠をするし、分娩の時の世話やら、生れた仔猫の貰われ口など、随分心配をかけるが、それだけにまた家庭生活の中に根を下して、すっかり家族の一員となってしまった。
 小学校に通う子供三人が、円陣を作って遊んでいると、猫はその真中にはいって蹲る。子供の一人が勉強を初めると、その机の上に坐りこむ。「猫が、お遊びの……勉強の……邪魔をする、」というのが子供たちの始終の苦情だ。そのくせ、寝る時には、各自に自分の布団の中へ猫を奪い合う。夏休みなど、家族中で旅をするような時、その不在中、猫がとても淋しそうだったと、留守居の者の話。旅から帰ってくると、猫の嬉しがりようったらない。身体をすりつけてくる。背中にとび乗る。頬辺をなめる……。
 この猫、案外、唯物主義者でない、と私は思ったのである。
 ところが、昨年の夏、知人の家に、尾の長い純白の牡の仔猫が出来たので、貰う約束をして、生後二カ月ばかりして連れてきた。私はかねがね、純白か漆黒かの尾の長い男猫を求めていたので、その願いの半分だけかなったわけだ。
 それはよいが、そこで、思いがけない障碍にぶつかった。貰…

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