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書かれざる作品
かかれざるさくひん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-06-03 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 横須賀の海岸に陸から橋伝いに繋ぎとめられ、僅かに記念物として保存されている軍艦三笠を、遠くから望見した時、私は、日本海大海戦に勇名を馳せた軍艦のなれのはてに、一種の感懐を禁じ得なかった。そしてその感懐が、ひいて三笠に対する興味となって、「軍艦三笠」と頭する小説を書いてみようと思うようになり、少しばかり記録を調べにかかったことがある。その時私の頭の中には、一個の存在として三笠が映っていた。軍艦という構造物ではなく、生きた一つの個体なのである。先ず、進水式があげられて、彼女は海に浮ぶ。当時他に比肩するもののない美丈夫なのだ。日本の近海を誇らかに漫歩する。そのうちに日露戦争となり、日本海の海戦には、旗艦として僚艦の先頭に立ち、縦横に駆馳して旗艦を逐い、輝かしい凱旋をする。然るに其後、彼女の生活は次第に衰運に向かい、新式の優秀な軍艦が相次で現われ、彼女は遂に記念物として、ミイラ的な存在を横須賀沖に続けることになる……。そういうことを、じっと考える場合、乗込員などはもう私の頭には映らず、艦長や司令官なども彼女のうちの一微粒子となり、「皇国の興廃……。」の信号も彼女の顔面筋肉の僅なおののきに過ぎなくなり、ただ彼女の姿だけがそこに現われるのだった。或は港の中にじっと立止り、或は静かな海をそぞろ歩きし、或は暴風雨の中を突進する……。その後ろ姿を見守っていると、彼女の姿は益々小さくなり、海戦においても、指頭大の玩具の舟にすぎず、砲弾は砂粒にすぎない。そして遂には、私は彼女の姿を見失いがちで、茫漠たる海洋だけがはてしもなく広がってるのだった。私はまたあらためて彼女の姿を探し求め、彼女の跡を追うのであるが、ともすると再びその姿を見失いがちで、海洋の永遠な広茫だけが全面に立現われてくる……。そういうわけで、三笠は常に縮小し縮小して、一の微粒子とまでなって私の眼をのがれ、私はそれを捉える術もなく、遂に「軍艦三笠」は書けなくなってしまったのである。
 この「軍艦三笠」と全く逆なことを、私は「錆びた銃弾」で経験した。私が中学時代を過した郷里の、海岸の松林のなかに、昔、射的場があって、聯隊の兵士たちが時折実弾射撃をやった。その射的場の附近の砂の中に、流れ弾が埋ってることがあって、それを掘りだすのが少年の楽しみだった。そうした弾丸の一つを主題にして、「錆びた銃弾」という小説を私は考えてみたのである。射的場の砂中から拾い出された一個の銃弾が主人公なのである。ところがこの主人公は、見つむれば見つむるほど、際限もなく拡大されていく。先ず最初には、製鉄所がある。そこに働く数千の労働者、昼夜とも不断に火焔を発してる熔礦炉を中心に、複雑なる製鉄工程。次には、特殊な組織をなす軍需品工場。そして生まれ出た一個の銃弾が、弾薬庫の中に他の同類と共に蓄積され、聯隊に輸送され、兵士に分配され、小銃に装填され、発射…

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