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失策記
しっさくき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-06-15 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

      一

 外出間際の来客は、気の置けない懇意な人で、一緒に外を歩きながら話の出来る、そういうのが最もよい。ところが、初対面の、どういう用件か人柄かも分らず、ふだんなら面会を断るかも知れないようなのを、外出間際だからちょっと……という気持で、座敷へ通したりなんかすることがあるから、奇妙だ。
 或る時、そういう場合のそういう来客があって、座敷へ行ってみると、四十近い年配の、洋服を着た紳士で、室の入口に端坐している。私は席に就いて、一通りの挨拶を済ましたのだが、さて、その紳士、四角い卓子の角のところににじり寄ったきりで、幾ら招じても座布団を敷こうとせず、洋服の膝もくずさず、茶にも煙草にも手を出さず、謂わば鞠躬如として眼を伏せている。そして、「御多忙のところを……御閑静なお住居で……お天気も……先生には……。」などという言葉で、而もその「先生」という語調が、如何にも他処行きの聞き馴れない響きを帯びている。
 そんなのは、一番苦手だ。苦手は敬遠するに限るので、私はだんだん席をずらして、卓子の角の方へ退いてゆく。話の間に、何度か、「どうぞこちらへ。」と招じたのだが、相手が動こうとしないので、こちらから動いてしまった形だ。こうなると、四角な卓子の対角線を通じての対坐だから、人間的な話が出来ようわけはない。――どうも日本座敷はあがきが取れない、せめて、円い卓子を置いた方が便利だ……とそんなことを、私は四角な卓子の対角線の一方で考えながら、黙りこんでしまい、そして対角線の先端に坐っているのは、すっかり人間味を失った単なる儀礼の案山子にすぎなくなった。
 こうなったらもうおしまいで、こちらは不愉快に黙りこむの一手だし、先方は更に鞠躬如と、雨だの風だの電車だのバスだの――そして漸く、色紙短冊の御揮毫をときた。
 ――そうしたことで、私はすっかり気を腐らしてしまった。
 気は腐ったが、これも用件なので、伯父の家を訪ねていった。
 ひどく謹厳な老人で、酔えば仕舞の一手も踊ろうという粋人だが、ふだんは茶の間の長火鉢の前でも膝をくずさず、十徳姿で短い白髯をなでている。子供もなく、金婚式にま近い老妻と二人きりで、若い時からの道楽の書道が役に立って、近所の娘子供たちに書道の稽古を授けている。謡曲に造詣深いところから、絹地に金泥で扇面を描き、その扇面に得意の隷書体で、「謡曲十五徳――不行知名所、在旅得知者……。」などと書きちらして怡んでいる。――その謡曲十五徳の額面を一つ、私は知人の求めによって、揮毫依頼に行ったのである。
 伯母が出て来て、私を座敷に案内し、茶菓を出してくれ、何かと消息を尋ねてくれる。この伯母は至ってやさしくにこやかなのだが、やがて、襖の彼方からエヘンと一つ咳払いして、伯父が姿を現わすと、私も固くならざるを得ない。朱塗りの長卓の前に伯父は、肩をおとし腹に力をいれて正…

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