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幻の園
まぼろしのその
作品ID42562
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-06-24 / 2014-09-18
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 祖母はいつも綺麗でした。痩せた細そりした身体付で、色が白く、皮膚が滑かでした。殊に髪の毛が美事でした。多くも少くもないその毛は、しなやかに波うって、ぼーっと薄暮の色を呈していました。際立った白髪の交らない、全体の黒みがいちどに褪せたそういう髪を、私は他に見たことがありません。
 祖母は病身のようでしたが、別に寝つくこともありませんでした。仕事という仕事をしたことがなく、手なぐさみに何かいじくったり、新聞や絵本をよんだり、またよく縁側の日向で、何にするのか、紙縒をよっていました。
 私は兄弟姉妹がなく、ただ、一人ぽっちでした。祖父や両親は用が多かったので、祖母も一人ぽっちのようでした。それで私と祖母とは一番仲よく遊びました。夜になると床を並べてねて、祖母からいろんなお話をきくのが、私の何よりの楽しみでした。
 そのお話の一つ――。
 むかし、或るところに、お化屋敷がありました。誰も住む者もない家の裏庭に、菌がいっぱいはえていまして、そこにお化が出て、人をとって食べてしまうのです。どんなお化が出るのか分かりませんが、その裏庭にはいって、無事に戻って来た者は一人もありませんでした。
 強い武士たちが、お化退治にやって来ました。先ず家の中にはいって、夜になるのを待ちうけて、裏庭へ出て行きますが、その菌のはえたところへ行くと、みんなお化に食べられてしまいました。どういうお化が出るのか見届けた者さえありませんでした。
 ここに、一人の賢い若い武士がいました。昼間のうちに、その裏庭へ行って、よく調べてみましたが、大きな菌がいっぱいはえてるだけで、何の怪しい点も見つかりませんでした。
「この菌があやしい……。」
 若い武士はそう考えました。そして夜になると、塩を袋一杯用意して、裏庭へ出ていきました。
 ぼーっとした明るみがさしていました。彼はつかつかと庭の中にふみこみました。すると、一面にはえている菌が大きくなり、傘よりももっと大きくなって、彼を包みこもうとしました。その時彼は袋の中の塩をつかんでは、菌にふりかけました。塩がかかると、大きな菌はしおれしなびて、力がなくなりました。彼は刀をぬいて、それを切りはらいました。
 翌朝になると、菌はすっかりなくなっていました。それからはもう、お化が出ることもなくなりました。
 ――それだけのお話です。このお話を、私は一番はっきり覚えています。なぜだか自分にも分りませんが、昨日聞いたもののように鮮かな感銘が残っています。
 恐らくは、そのお話としっくり感じの合うような私たちの屋敷だったからでもありましょう。
 三千坪ほどの土地でした。北の隅に、根本が十抱えほどもある大きな楠が聳えていまして、その傍に榎や椋や椿の古木が並んで、それらのからみ合った根が小高い塚を拵えていて、石の稲荷堂が祭ってありました。楠の枝葉の茂みの下に家がありました…

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