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オランウータン
オランウータン
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-06-27 / 2014-09-18
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今になって、先ず漠然と思い起すのは、金網のなかの仔猿のことである。動物園だったか、植物園だったか、それとも公園だったか、それは忘れた。広い金網のなかに親仔数匹の猿がはいっていた。暖い晴れた午後のこと、私はステッキを打振りながら散歩していたが、ふと、そこに足を止めた。女や子供や、背広服の男もいたようだが、大勢の人が猿を眺めていた。
 一体、金網のなかの猿を見るのは、あまり気持のよいものではない。それが人間に似ているせいか、また何だか卑猥なせいか、長く見ていると、足の裏をくすぐられるような感じだ。
 金網のなかでは、二匹の仔猿が、布を奪いあってふざけていた。よく見ると、白い裏のついた紫色の子供の帽子だ。一匹の仔猿がそれを奪って、枯木の枝に逃げのびると、くしゃくしゃなまま、頭にのっけ、眼をぱちくりやり、とんきょうな顔で、見物人たちの方を眺める。すると、も一つの仔猿がおっかけてきて、帽子をひったくり、金網の中程に逃げのび、ひょいと頭にのっけ、眼をぱちくりやり、とんきょうな顔で、見物人たちの方を眺める。それから、初めの仔猿がまた帽子を取りにくる。
 いつまでもきりがない。白い裏の紫色の帽子が、もみくちゃになって、あちこちにとびあるく……。
 ところで、私の家には子供はいないから、随って子供の帽子はないが、或る時、親戚の女が、赤ん坊をつれて、母の病気見舞にやって来た。赤ん坊の真白な帽子が、茶の間の長火鉢のそばにおいてあった。私はそれをそっと取って、頭にのっけ、眼をぱちくりやり、とんきょうな顔つきをしてみた。
 私は猿に似ていたろうか。鏡を見たわけではないから、それは分らないが、気持はたしかに、猿のようだった。

 そんなのは、まだよいが……。話はとぶけれど、私の家の近くに、可なり広い境内をもつ神社があった。
 三百年近くにもなろうという古い建物で、銅の瓦で葺いた屋根は一面に白くさび、唐門からぐるりと練塀をめぐらして、拝殿神殿の神域をかこい、仁王門にはたくさん鳩が住み、左右に小さな泥池があって、冷い水が落葉を浮べており、その一方は小笹や雑草のおい茂った斜面で、大木が鬱蒼とそびえている。その斜面、向う高になっている謂わば丘の中腹に、小さな稲荷様があった。
 神社に稲荷様はつきものだが、不思議なのは、境内が平地の場合は別として、多少とも勾配をなしてる時には、稲荷様は主体の神社より一段と高いところにある。そしてこの稲荷様には、たいてい石の鳥居をたてた本殿と、それから少しはなれて、小さな木の鳥居が幾つもならんでる祈祷所がある。私の家の近くの神社でもやはりそうだった。
 私は夜分おそく、その神社を通りぬけることが屡々あった。
 私も人並に、胸に憂悶を持っていた。即ち、悲痛な恋愛とロマンチックな頽廃と、無力な反抗とだ。そのために、やけ酒も飲んだし、無意味な彷徨もした――母が病気で寝…

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