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怪異に嫌わる
かいいにきらわる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-06-30 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 坪井君は丹波の人である。その丹波の田舎に或る時、伯父の家を訪れたところ、年老いた伯父は、倉からいろいろな物を持出し、広い座敷に処狭きまで置き並べて、それに風を通していた。
――君は田舎の旧家にある土蔵を知っているだろうか。壁の厚み三尺以上もあり、鉄鋲をうちつけた重い樫の扉の錠前は、二重にも三重にもなり、二階造りで、一階には窓がなく、段の高い階段を上ってゆくと、二階の正面にただ一つ、二尺四方ぐらいの小窓があるきりだ。如何に暴風雨の時でも、その中にはいれば深閑として、まるで洞窟にでもはいったよう。家人もめったにはいらず、掃除なども殆どされず、埃の積るままになっている。そして其処には、実にさまざまな物が雑然とぶちこまれている。壊れかかった家具や道具の類が堆積していたり、紋章づきの櫃や長持が並んでいたりする。鼠にとっては禁断の場所だが、往々、大蛇が住んでいることもある。この土蔵から、所謂大切なものを取出す権利は、多くは年老いてる家長の専有するところで、随って家長は、隔年ぐらいに一回、ふと思い出したように、伝承の古物を母家の座敷に持出して、土用干しをするのだ。
 坪井君は、座敷に並んでるいろいろな物を、好奇の眼で見やった。その中には、幾本もの刀剣類があった。それにちょっと心惹かれて、一つ一つ引抜いては眺めているうち、奇体にこちらの気を打ってくる一振がある。だいぶ錆がきてはいるが、あやしく肌身に迫る気配がする。坪井君はそれが欲しくなって、伯父にねだった。だが、それはやめたがよかろう、と伯父は云う。幾本もあることだから、欲しければどれでも持っていって宜しいが、その刀だけはやめたがよかろう、と云って承知しない。そうなれば、猶更欲しくなるのが人情で、坪井君は遂に二日がかりで伯父を口説き、とにかく暫く貸して貰うということにして、ぬけぬけと分捕ってしまった。その時、伯父がさりげなく洩した言葉によれば、その刀はどういうわけか、昔からなるべく佩用しないようにとの言い伝えがあるのだとか。だが、そのようなこと、坪井君は別に気にも止めなかった。
――田舎の旧家には、いろいろ曰く付きの物があり、またいろいろの言い伝えがあるものだ。それらのものが積って、家の格式とか伝統とかを形造ることが多い。然しそれらのものも、いつしか忘れられがちになったり、心にもとまらないほど遠い昔のことになったりする。殊に近代の空気に多少ともふれた、そして大まかな人は、それらの曰く付きとか言い伝えとかを、表面ではわざと軽蔑した風を装い、内心では倦き倦きしているのだ。ところが、それらの無視された昔の息吹きが、時あって、勢強く立上ることがないものだろうか。立上って復讐することがないものだろうか。あるとすれば、それが特殊な事件や一家の盛衰興廃などにからまると、風味ある小説になるだろうよ。
 坪井君は当時、田舎の小さな町に暮し…

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