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狸石
たぬきいし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第六巻(随筆・評論・他)」 未来社
1967(昭和42)年11月10日
初出「中央公論 文芸特集」1952(昭和27)年10月 
入力者tatsuki
校正者門田裕志
公開 / 更新2006-07-09 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 戦災の焼跡の一隅に、大きな石が立っていた。海底から出たと思われる普通の青石だが、風雨に曝されて黒ずみ、小さな凹みには苔が生えていた。高さ十尺ばかり、のっぺりした丸みをなしていて、下部を地中に埋め、茶釜大の丸石で囲んであった。その石全体の恰好に、別に奇はなく、人目にはつかないが、然し見ようによっては狸とも思えた。巨大な狸が尻で坐って、上半身をもたげ、真直にすーっと伸び上ってる、そういう姿なのだ。じっと見ていると、ますます狸に似てきて、頭をもたげとぼけた風で空を仰いでおり、眼らしい凹みもあり、前足を縮めてるような突出部もあり、なお見ていると、こちらにやさしく抱きついてきそうである。
 都心に遠く、昔は郊外とも言える土地で、その辺一帯が焼跡になっていて、人家もまだ余り建たず、薄荷の匂いのする青草が茂り、所々に芒が伸びていた。その荒地を分けた小道のほとり、石屋の名残りらしく、大小さまざまな石がころがっていて、その片隅に、巨大な狸が伸び上って空を仰いでるのである。然しその狸石に注意を向ける通行人は殆んどなく、時折その辺へ遊びに来る子供たちが、肩に登ったり、チョークでいたずら書きをするだけで、ただ放置されていた。
 ところが、或る夜、淡い上弦の月が西空に傾いてる頃、その焼跡に、青白い火がどろどろと燃えて、狸石のほとりにぼーっと明るみを投げ、人の姿を浮き出さした。背の高い痩せた蓬髪の男で、狸石の肩のところに両腕でもたれかかり、腕に顔を伏せている。泥酔しているのか泣き悲しんでいるのか、どちらとも分らない。ただ異様なのは、着流しの和服らしいその裾からはみ出している片足が、血まみれになっていた。
 男――ああ、ようやく辿りついた。お前は、よく待っていてくれたね。もうどっかへ行ってしまったかも知れないと、まさかそんなこともあるまいとは思いながら、びくびくしていたが、ここにいてくれてよかった。これで安心だ。何物も恐れないぞ。だが、若しかった。僕の足を見てくれ、血だらけだ。駆けつけて来たんだぜ。煉瓦やコンクリートの破片に躓くし、穴ぼこに落ちこむし、茨に引っ掻かれるし、何度ぶっ倒れたか知れない。それでも、お前がここにいてくれたんでまあよかった。おい、何とか言えよ。
 男――もっとも、お前がどっかへ行ってしまうこともあるまいと、僕は思ってはいたさ。ほんとは、お前を買い取って家の庭に据えたかったんだ。然し、お前も知ってる通り、僕は貧乏なんだ。お前の値段がどれほどのものか、運搬の費用にどれほどかかるものか、さっぱり見当がつかなかった。なにしろでっかい石だからな。だから僕はだいたい諦めて、金持ちの友人に買って貰おうと思ったよ。これは俺の恋人だ。君が買い取って庭に据えておいてくれ、時々見に行くからね、とそう僕は言った。だが、誰も買ってくれる者はない。もし見ず識らずの者に買われたら大変だ。僕だっ…

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