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ジャン・クリストフ
ジャン・クリストフ
副題03 第一巻 曙
03 だいいっかん あかぼの
原題JEAN CHRISTOPHE
著者
翻訳者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「ジャン・クリストフ(一)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年6月16日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2008-03-03 / 2014-09-21
長さの目安約 207 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

いずれの国の人たるを問わず、

苦しみ、闘い、ついには勝つべき、

あらゆる自由なる魂に、捧ぐ。

          ロマン・ローラン
[#改ページ]


昼告ぐる曙の色ほのかにて、
汝が魂は身内に眠れる時……
     ――神曲、煉獄の巻、第九章――
[#改ページ]

     一

うち湿りたる濃き靄の
薄らぎそめて、日の光
おぼろに透し来るごとくに……
     ――神曲、煉獄の巻、第十七章――


 河の水音は家の後ろに高まっている。雨は朝から一日窓に降り注いでいる。窓ガラスの亀裂のはいった片隅には、水の滴りが流れている。昼間の黄ばんだ明るみが消えていって、室内はなま温くどんよりとしている。
 赤児は揺籃の中でうごめいている。老人は戸口に木靴を脱ぎすててはいって来たが、歩く拍子に床板が軋ったので、赤児はむずかり出す。母親は寝台の外に身をのり出して、それを賺そうとする。祖父は赤児が夜の暗がりを恐がるといけないと思って、手探りでランプをつける。その光で、祖父ジャン・ミシェル老人の赤ら顔や、硬い白髯や、気むずかしい様子や、鋭い眼付などが、照らし出される。老人は揺籃のそばに寄ってゆく。その外套は雨にぬれた匂いがしている。彼は大きな青い上靴を引きずるようにして足を運ぶ。ルイザは近寄ってはいけないと彼に手真似をする。彼女は白いといってもいいほどの金髪で、顔立はやつれていて、羊のようなやさしい顔には赤痣があり、唇は蒼ざめて厚ぼったく、めったにあわさらず、浮べる微笑もおずおずとしている。彼女は赤児を見守っている――ごく青いぼんやりした眼で、その瞳はきわめて小さいがいたって物優しい。
 赤児は眼を覚して泣く。その定かならぬ目差しは乱される。なんという恐ろしさだろう! 深い闇、ランプの荒々しい光、渾沌のなかから出てきたばかりの頭脳の幻覚、周囲にたちこめている息苦しいざわめく夜、底知れぬ影、その影の中からは、まぶしい光線のように強く浮かび出してくる、強烈な感覚が、苦悩が、幻影が、こちらをのぞきこんでるそれらの巨大な顔が、自分を貫き自分のうちにはいり込む意味の分らないそれらの眼が!……赤児は声をたてる力もない。彼は身動きもせず、眼を見開き、口を開け、喉の奥で息をしながら、恐怖のために釘付にされる。その膨れた大きな顔には皺が寄って、痛ましい奇怪な渋面になる。顔と両手との皮膚は、栗色で紫がかっており、黄っぽい斑点がついている……。
「いやはや、なんて醜い奴だ!」と老人は思い込んだ調子で言った。
 彼はランプをテーブルの上に置きに行った。
 ルイザは叱られた小娘のように口をとがらした。ジャン・ミシェルは横目で彼女を眺めて、そして笑った。
「きれいな奴だと言ってもらおうとは、お前も望んでやすまい。お前にだってきれいだとは思えまい。だがいいさ、お前のせいじゃない。赤ん坊てものはみん…

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