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ジャン・クリストフ
ジャン・クリストフ
副題12 第十巻 新しき日
12 だいじっかん あたらしきひ
原題JEAN-CHRISTOPHE
著者
翻訳者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「ジャン・クリストフ(四)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年9月16日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2008-03-21 / 2014-09-21
長さの目安約 320 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     序

 予は将に消え失せんとする一世代の悲劇を書いた。予は少しも隠そうとはしなかった、その悪徳と美徳とを、その重苦しい悲哀を、その漠とした高慢を、その勇壮な努力を、また超人間的事業の重圧の下にあるその憂苦を。その双肩の荷はすなわち、世界の一総和体、一の道徳、一の審美、一の信仰、建て直すべき一の新たな人類である。――そういうものでわれわれはあった。

 今日の人々よ、若き人々よ、こんどは汝らの番である! われわれの身体を踏み台となして、前方へ進めよ。われわれよりも、さらに偉大でさらに幸福であれよ。
 予自身は、予の過去の魂に別れを告げる。空しき脱穀のごとくに、その魂を後方に脱ぎ捨てる。人生は死と復活との連続である。クリストフよ、よみがえらんがために死のうではないか。

   一九一二年十月
ロマン・ローラン
[#改ページ]
[#挿絵]
(汝いみじき芸術よ、いかに長き黎明の間……)

 生は過ぎ去る。肉体と霊魂とは河水のごとく流れ去る。年月は老いたる樹木の胴体に刻み込まれる。形体の世界はことごとく消磨しまた更新する。そして不滅なる音楽よ、ただ汝のみは過ぎ去らない。汝は内心の海である。汝は深き魂である。汝の清澄な眸には、生の陰鬱な顔は映らない。汝から遠くに、燃えたてる日、渡れる日、いらだてる日などが、不安に追われ、何物にも定着さるることなく、雲の群れのごとく、逃げ去ってゆく。しかし汝のみは過ぎ去らない。汝は世界の外にある。汝一人で一の世界をなしている。星の輪舞を導く太陽と、引力と数と法則とを、汝は有している。夜の大空の野に煌めく畝をつける星辰――眼に見えぬ野人の手に扱われる銀の鋤――その平和を汝はもっている。

 音楽よ、清朗なる友よ、下界の太陽の荒々しい光に疲れた眼には、月光のごとき汝の光がいかに快いことであろう! 万人が水を飲まんとて足を踏み込み濁らしてる共同水飲み場から、顔をそむけた魂は、汝の胸に取りすがって、汝の乳房から夢想の乳の流れを吸う。音楽よ、処女なる母親よ、清浄なる胎内にあらゆる情熱を蔵しており、燈心草の色――氷塊を流す淡緑色の水の色――をしている両眼の湖に、善と悪とを包み込んでいる汝は、悪を超越しまた善を超越している。汝のうちに逃げ込む者は世紀の外に生きる。その日々の連続はただ一つの日にすぎないであろう。すべてを噛み砕く死もかえって己が歯をこわすであろう。

 私の痛める魂をなだめてくれた音楽よ、私の魂を平静に堅固に愉快になしてくれた音楽よ――私の愛であり幸である者よ――私は汝の純潔なる口に接吻し、蜜のごとき汝の髪に顔を埋め、汝のやさしい掌に燃ゆる眼瞼を押しあてる。二人して口をつぐみ眼を閉じる。しかも私は汝の眼の得も言えぬ光を見、汝が無言の口の微笑みを吸う。そして汝の胸に身を寄せかけながら、永遠の生の鼓動に耳を傾けるのだ。
[#改ページ…

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