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ジャン・クリストフ
ジャン・クリストフ
作品ID42607
副題01 序
01 じょ
原題JEAN CHRISTOPHE
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「ジャン・クリストフ(一)」 岩波文庫、岩波書店
1986(昭和61)年6月16日
入力者tatsuki
校正者伊藤時也
公開 / 更新2008-03-01 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 フランス大革命を頂点とする十八世紀より十九世紀への一大転向、隷属的封建制度の瓦解と自由統一的立憲制度の成育とは、新世界をもたらすものと考えられていた。そして実際新世界は開かれた。しかしそこにはさらに本質的な暗雲が深くたちこめていた。その暗雲を払わんがためには、さらに十九世紀より二十世紀への一大転向が必要であった。視界を広げるの努力より、視界を清めるの努力となってきた。外皮を脱するの苦しみより、肉身を洗うの苦しみとなってきた。個性の確立への目覚めより、個性の尊厳への目覚めとなってきた。そしてかかる転向より発したところのものが、外にあっては社会改造の叫びとなり、内にあっては自由解放の叫びとなった。前者を翻訳すれば、吾人に光と空気とを与えよ! であり、後者を翻訳すれば、吾人の魂を解放せしめよ! である。
 吾人に光と空気とを与えよ!……社会の最大不公平の一は、実に光と空気との分前のそれである。人類は幾多の世紀を閲するうちに、いつしかピラミッド形に積まれてしまった。そして高きにある者と低きにある者とを問わず、このピラミッドの内部に置かれた者こそ災である。そこにはもはや、永久の暗黒と窒息とがあるのみである。しかも外部に置かれた者すらも、内部より発散する腐爛の気に悩まされざるを得ない。されどもピラミッド全体は、長い間の惰性に引きずられて眠っている。ただ現在に固執している。死体のごときずっしりとした重さで糞落着きに落着いている。萠え出でんとする芽は、その重みの下に押し潰される。人の心は息がつけなくなる。ただ首垂れて、おのれの停滞した存在を見守るのほかはない。生命の力は萎微し、生きんとする意力は鈍ってくる。太陽の光と新鮮なる空気とを希望すること、それさえも忘れられてくる。
 吾人の魂を解放せしめよ!……形あるものはその形に固執する。現在は未来の犠牲となることを拒む。ピラミッドは長くピラミッドたらんことを欲する。それを組立つるおのおのの石塊に向かって、一定の形を要求する。所要の形を具えないものがある時には、そこより崩壊を起こす憂いがあるからである。特殊の形を有するものは、全体の安寧を害するのゆえに容れられない。かくてすべては都合よき形にゆがめられている。ゆがめられ平たくなされた面と面とが相接して、動きがとれなくなっている。そこにはもはや、個々の自由は存しないで、永遠の束縛と窮屈とが存するのみである。しかも最も恐るべきことは、かかる不自然な形に慣れきったあまり、それをもって自然な形と自認することである。おのれの魂をピラミッドの覊絆より解放して自然の形に正すこと、それさえも忘れられてくる。
 ピラミッドをして平坦ならしめよ! これは自然そのものの声である。目覚めたる心の叫びである。それはあらゆる虚偽と停滞とに向かって飛びかかり、あらゆる仮面を引剥がずんばやまない。そこにはただ一…

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