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影法師
かげぼうし
作品ID42629
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄童話集」 海鳥社
1990(平成2)年11月27日
初出「赤い鳥」1927(昭和2)年1月
入力者kompass
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-07-27 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

      一

 うしろに山をひかえ前に広々とした平野をひかえてる、低いなだらかな丘の上に、小さな村がありました。村の東の端に、村一番の長者の屋敷がありまして、その塀の外の広場は、子供たちの遊び場所でした。
 白く塗った土塀、左手はゆるやかな山すそで、いろんな灌木や草がはえています。前には小さな川が流れていて、魚が泳いでいます。川の向こうと右手の方には、たんぼが続いています。子供たちはその広場でおもしろく遊ぶことが出来ました。
 晴れた日の朝早く、長者の子供を交えて三四人の子供が、いつものように、そこで遊んでいました。東の地平線から出たばかりの太陽の光りが、皆の影を白い壁にくっきりとうつしていました。その影があまりはっきりしておもしろいので、皆は影うつしの遊びを始めました。
「ああ、いいことを考えた」と長者の子供がふいに叫びました。「待っといでよ、じきに来るから」
 そして長者の子供はいきなり駆け出して、うちの中にはいって行きました。
 お祖父さんが、大きなまんまるい眼鏡をかけて、縁側で本を読んでいました。
「お祖父さん、僕にあの……東の塀を下さいよ」と子供は言いました。
 お祖父さんは、まんまるい眼鏡の下にびっくりした眼を開いて、子供を見ました。
「なに、塀をくれって……」
「ええ、下さいよ。おもしろいことがあるんです。こわしやしません。ただ遊ぶだけなんです。塀で遊ぶんです。ね、いいでしょう」
「塀で遊ぶって……おかしなことを言う子だね。こわしさえしなければよいけれど……」
「じゃあ下さいね。遊ぶだけなんですから」
 そして子供はもうお祖父さんの側から駆け出して、部屋の中にはいって、大きな硯箱を持ち出して、またもとの塀の外に駆けてきました。
「何をするの」
 待ってた子供たちが集まってきました。
「今ね、この塀をお祖父さんからもらってきたんだ。だから、こわしさえしなけりゃ、何をしたって叱られやしないよ……これから皆の影法師を、この塀の上に写し取るんだよ」
「影法師を写し取る……うん、おもしろいな」
 皆はわーっと声を立てておもしろがりました。そしてすぐにそのしたくにかかりました。小川の水を硯にくみ取って、一生懸命に墨をすりました。早くしないと、太陽が昇ってしまいます。太陽が昇ってしまえば、影法師は小さくなってだめなんです。
「僕が考えたんだから、僕が先だよ」
 そう言って長者の子供は、白い塀の前につっ立ちました。その姿通りの影が、白塀の上にはっきりうつりました。それを他の子供たちが、墨をいっぱいふくました筆で写し取りました。
「影法師なんだから、すっかりまっ黒に塗らなけりゃいけないよ」
 そして皆は影法師の形をまっ黒に塗り始めました。硯の水がなくなると、また小川の水を汲んできて墨をすりました。
 そのうちに、太陽はずんずん昇っていって、塀にうつる影法師は…

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