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狸のお祭り
たぬきのおまつり
作品ID42635
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄童話集」 海鳥社
1990(平成2)年11月27日
初出「赤い鳥」1921(大正10)年2月
入力者kompass
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-07-30 / 2014-09-18
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

      一

 むかし、ある片田舎の村外れに、八幡様のお宮がありまして、お宮のまわりは小さな森になっていました。
 秋の大変月のいい晩でした。その八幡様の前を、鉄砲を持った二人の男が通りかかりました。次郎七に五郎八という村の猟師でありまして、その日遠くまで猟に行って、帰りが遅くなったのでした。どういうものか、その日は一匹も獲物がありませんでしたから、二人はがっかりして、口も利かずに急ぎ足で、八幡様の前を通り過ぎようとしました。まるい月が空にかかっていて、昼間のように明るうございました。すると、先に歩いていた次郎七がふと立ち止まって、八幡様の横にある、大きな椋の木を見上げました。五郎八も[#「五郎八も」は底本では「五郎七も」]立ち止まって、同じく椋の木を見上げました。そして二人はしばらく、ぼんやり眺めていました。それももっともです。椋の木の高い枝に、一匹の狸が上って、腹鼓を打ってるではありませんか。
 秋も末のことですから、椋の木の葉はわずかしか残っていませんでした。その淋しそうな裸の枝を、明るい月の光りがくっきりと照らし出していました。そして一本の大きな枝の上に、狸がちょこなんと後足で座って、まるいお月様を眺めながら、大きな腹を前足で叩いているのです。

ポンポコ、ポンポコ、ポンポコポン、
ポンポコ、ポンポコ、ポンポコポン。

 次郎七と五郎八は、あっけにとられて、暫く狸の腹鼓を聞いていました。それから初めて我に返ると、五郎八は次郎七の肩を叩いて言いました。
「空手で戻るのもいまいましいから、あの狸でも撃ってやろうか」
「そうだね」と次郎七も答えました。「狸の皮は高いから、可哀そうだが撃ち取ってやろう」
 そして二人は鉄砲に弾丸をこめ始めました。
 ところが、その話が聞えたのでしょう、狸は腹鼓をやめて、じろりと二人の方を見下ろしました。そしておかしな手付を――いや、狸ですから足付というのでしょうが、それをしますと、急に狸の姿が見えなくなって、後には椋の木の頑丈な枝が、月の明るい空に黒く浮き出してるきりでした。
 次郎七と五郎八とは、またあっけにとられて、夢でもみたような気がしました。それからいまいましそうに舌打ちをして、弾丸のこもった鉄砲をかついで、帰りかけました。
 八幡様の森を出て、村の中にはいろうとすると、これはまた意外です、道のまん中にさっきの狸が後足で立って、こちらを手招きしながら踊ってるではありませんか。
 次郎七と五郎八とは、黙って合図をして、鉄砲でその狸を狙い、一二三という掛声と共に、二人一緒に引金を引きました。ズドーンと大きな音がして、狸はばたりと倒れました。二人は時を移さず駆けつけてみますと、これはまたどうでしょう、大きな石が弾丸に当たって、二つに割れて転がっているのです。
 二人はばかばかしいやら口惜しいやらで、じだんだふんで怒りま…

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