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泥坊
どろぼう
作品ID42639
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄童話集」 海鳥社
1990(平成2)年11月27日
初出「少年倶楽部」1921(大正10)年12月
入力者kompass
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-07-21 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

      一

 ある所に、五右衛門というなまけ者がいました。働くのがいやでいやでたまりません。何か楽に暮らしてゆける途はないかと考えていますと、むかし石川五右衛門という大盗人がいたということを聞いて、自分も五右衛門という名前だから、泥坊になったらいいかも知れないと考えました。
 それで彼は家を飛び出して、ある橋の下に住みました。昼間はそこで寝て暮し、夜になると盗みに出かけました。ところが、そうやすやすと人のものを盗めるものではありません。毎晩しくじってばかりいて、ろくろく御飯も食べられない始末になりました。
 ある日なんか、一晩中駆け廻っても、物を盗むことはいうまでもなく、ごみだめから食物のあまりを拾い取ることも出来ないで、まだ朝の暗いうちにぼんやり帰って来ました。そして、橋の欄干にもたれて、どうかして上手な泥坊になる工夫はないものかと、しきりに考えていました。
 すると、横の方からひょっこり、一人のお爺さんが出て来ました。五右衛門はびっくりしてたずねました。
「あなたは誰ですか」
「わしは仙人じゃ」とお爺さんは答えました。
 よく見ますと、まっ白な長い髯がはえていて、手には節くれ立った杖をつき、何だかわからないぼろぼろの着物をきて、なるほど仙人らしいようすでした。五右衛門は喜びました。仙人ならいろんな術を知ってるに違いないから、それを教わって、上手な泥坊になろうと考えました。
「仙人ならいろんな術を知っていますか」と彼はたずねました。
「知っているぞ」
「そんなら、私にそれを教えて下さい」
 お爺さんは承知しました。けれども、ただ一つきり教えられないと言いました。五右衛門は色々考えた後に、どんな隙間からでも家の中へはいれる術を習いました。
「わしにまた用が出来たら、ポンポンポンと三つ手を拍くがよい。そうすればいつでも出て来てやる」
 そう言ったかと思うと、お爺さんの姿は消えてしまいました。
 五右衛門は不思議な気がしました。けれど、もうお爺さんのことなんかはどうでもいいのです。術を授った上は、この上もない泥坊になれるわけでした。

      二

 翌日の晩、彼は喜び勇んで出かけました。かねて見当をつけておいた質屋の蔵へ行って、その戸口で術を施しますと、不思議にも、戸と壁とのわずかな隙間から、すーっと中にはいり込むことが出来ました。それで、立派な着物や時計などを思うまま盗んで、いざ外へ出ようすると、さあ大変です。同じ隙間ではありますが、はいるのと出るのとは別だと見えて、いくら術を施しても出ることが出来ません。戸を開けようとしましたが、外から錠がおりています。窓の所へ行ってみましたが、太い鉄棒の格子がついていて、身体が通りません。どうにも仕方がありませんので、盗んだ品物をみんなそこに投り出して、暗闇の中に屈み込んでしまいました。けれども、夜は次第に寒く…

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