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不思議な帽子
ふしぎなぼうし
作品ID42643
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄童話集」 海鳥社
1990(平成2)年11月27日
初出「赤い鳥」1925(大正14)年1月
入力者kompass
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-07-21 / 2014-09-18
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

      一

 ある大都会の大通りの下の下水道に、悪魔が一匹住んでいました。まっ暗な中でねずみやこうもりなんかと一緒に、下水の中の汚物等をあさって暮らしていました。ところがある時、下水道の中に上の方から明るい光がさしていましたので、何だろうと思って寄ってゆくと、下水道の掃除口が半分ばかり開いているのです。悪魔は何の気もなくその掃除口につかまって、そっと外をのぞいてみて、びっくりしました。街中に明るく燈火がともっていて、大勢の人がぞろぞろ通っていて、おもしろい蓄音機の音までも聞こえています。
「ほほう、まっ暗な汚いこの下水道の上に、こんな立派な賑やかな通りがあろうとは、今まで夢にも知らなかった。何ときらきら光ってる燈火だことか。何と大勢の美しい人間共が通ってることか。何という賑やかさ華やかさだ。下水の掃除人がこの掃除口を閉め忘れてるのを幸いに、俺も少しこの賑やかな通りを散歩してみるかな」
 そしてこののん気な悪魔は、下水道からひょいと飛び出して、小さな犬に化けて、街路樹の影をうそうそと歩き出しました。昼のように明るい街路、美しい賑やかな人通り、宮殿のようにきらびやかな店先、うまそうな食物の匂い、楽しい音楽の響き、そんなものに悪魔は気がぼーっとして、いつまでもうろついていました。
 そのうちに夜はだんだんふけてきて、人通りも少なくなり、商店の窓もしめられ、賑やかだった街路が淋しくなり始めました。悪魔はふと気がついて、自分が飛び出したあの下水の掃除口のところへ、大急ぎに戻ってゆきました。ところが、いつのまにか掃除人が戻ってきたとみえて、大きな鉄の蓋がかっちり閉め切られています。
「ほい、これはとんだことをした」
 そして悪魔は、方々の掃除口を探して歩きましたが、どこもここもみな、頑丈な鉄の蓋が閉め切ってあって、下水道へはいり込む隙間もありません。
「弱ったな。どうしたら下水道へ戻ってゆけるかしら」
 思い迷ってふらふら歩いていると、酔っぱらいの男や商店の子僧などから、野良犬だといっておどかされたり追っぱらわれたりしますし、巡査ががちゃがちゃ剣を鳴らしてやって来たりするものですから、悪魔はすっかりしょげかえりました。そしてどこかもぐり込む隅でもないかと、きょろきょろ探し廻ってるうちに、ある立派な帽子屋の店が閉め残されてるのを見つけました。店の中には誰もいないで、奥の方に番頭が一人居眠りをしています。
「しめたぞ。今夜はこの店の中に隠れるとしよう」
 そーっとはいり込んで、陳列棚の上に飛び上がって、ひょいと帽子に化けて素知らぬ顔をしていました。間もなく、奥の部屋から二三人の子僧が出て来て、表の戸締りをして、電気を消して、また引っ込んでいきました。
 悪魔はほっと息をついて、やれやれ助かったと思うと、急に疲れが出て、帽子に化けたまま、ぐっすり眠ってしまいました。

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