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街の少年
まちのしょうねん
作品ID42645
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄童話集」 海鳥社
1990(平成2)年11月27日
入力者kompass
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-07-30 / 2014-09-18
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

      一

 港というものは、遠く海上を旅する人々の休み場所、停車場というものは、陸上を往き来する人々の休み場所、どちらもにぎやかなものです。その港と停車場とがいっしょに集まると、さらににぎやかでおもしろいものです。
 インドのある都会の、港と停車場をむすびつける広場でのことです。港には毎日、船がではいりします。停車場には毎時間、汽車がではいりします。そして広場には、しじゅう人通りがたえません。いろんな人が通ります。世界各国の人が通ります。
 その広場のかたすみ、橄欖樹のこかげに、トニイは店をだしています。車のうえに板をわたしたやたい店で、絵はがき、絵本、絵いり雑誌、木や竹のおもちゃ、象牙の細工物など、いっぱいにならべています。そしてトニイは、そのやたい店のよこに、木の箱に腰かけて、本を読んでいます。
 トニイは十五歳です。本を読むのがたいへんすきです。けれどその本はもう、絵本や絵いり雑誌ではありません。古本屋からむずかしい本をかりてきて、ひとりで勉強してるのです。
 店の前に人がたちどまると、トニイは本をふせ、顔をあげて、にっこり笑います。その笑顔がたいへんかわいいので、たちどまった人は何か買ってくれます。
 昼まは、日の光がぎらぎらてりつけます。でも、トニイのやたい店は、橄欖樹のかげのなかにあります。夕方になると、すぐ上の方に、あかるい街灯がともります。
 ある晩、その広場の、トニイのところからちょうど向こう側に、一人の少女が立っていました。そまつな麦わらの帽子にそまつな麻の服をつけていますが、片手にいっぱい花をかかえています。そしていつまでもじっと立っています。
 トニイは気になって、時々その方をながめました。赤や白や紫の花だけがきれいで、少女はさびしそうで棒杭のようです。誰かを待っているのでしょうか。いつまでもじっと立っているつもりでしょうか。
 時々、少女はすこしあるきだします。がまた、うなだれてじっとたちどまります。おおぜいの人々が、目もくれないで通りすぎていきました。
 酒によった四五人の水夫が通りかかりました。少女の前にたちどまって、何かがやがやいっていましたが、いきなり、少女がかかえている花束から、二三本花をぬきとって、頭の上でうちふりました。そしてこんどは、みんなで少女をつかまえようとしました。
 少女はするりと逃げました。水夫たちはよろよろとした足どりで、そのあとを追っかけました。少女はあちこち逃げまわり、広場をよこぎってきて、トニイのやたい店のかげにかくれました。酔ってる水夫たちは、もう少女にはかまわないで、花をうちふりながら、向こうにいってしまいました。
 ぼんやりつっ立っている少女の姿を、トニイはじろじろながめました。
「どうしたんだい」
 声をかけられて、急に、少女はしくしく泣きだしました。
「ばかだなあ。泣くことがあるも…

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