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男ぎらい
おとこぎらい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)」 未来社
1966(昭和41)年11月15日
初出「苦楽」1949(昭和24)年6月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2006-11-07 / 2014-09-18
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 男ぎらいと、ひとは私のことを言うけれど、そうときまったわけのものではありません。男のひとは、だいたいいいえ皆が皆、厭らしく穢ならしく、だから私は嫌いです。厭らしくも穢ならしくもなく、ほんとにすっきりしたひとがあったら、私だって好きにならないとも限りません。釈迦牟尼とかマホメットとかのことは知らないが、キリストなら、私は好きです。ミッションの学校にしばらくいたことがあるからそう言うのではありません。キリストはすっきりしています。悲しいほどすっきりしています。つまり、男くささがないのです。
 男くささ、それがどういうものか、私はしばしば考えたけれど、未だにはっきりしません。臭いだけのことではありません。体臭だけのことではありません。なにかこう、脂ぎったもの、不潔なもの、どぎついもの、むかむかするもの、そういうもの全体のようです。
 姐さん――ここではお上さんですが――姐さんが一人でいる時は、その室の空気も清らかです。香水や化粧品の匂いは別として、ぜんたいの空気が清らかです。ところが、井上さんがやって来ると、空気が濁ってしまいます。殊に、泊ってでもゆく時には、胸わるくなるような空気になります。姐さんは寝床のあげおろしを自分でしますから、私は助かるのですが、あとで私がお掃除をする時でさえ、室の空気はいやらしい。そのもとはみんな、井上さんの男くささにあるのです。
 井上さんは寝る時でも、足を洗ったことがありません。靴下をぬいで、そのまま寝床にはいります。靴下が新らしい時はよいけれど、少し汚れてきて、おまけに雨の日などは、湿っぽくむれて、くさい臭いがしています。その臭いは、足にもうつってるに違いありません。水虫が出来たようだと、指先でかいたことがあります。その足のまま寝床にはいってしまうのです。他国の人はどうか知りませんけれど、日本人は、寝る時ぐらいは足を洗ったらどんなものでしょう。靴の革の臭い、靴下のむれた臭い、不潔ではありませんか。
 男のひとの皮膚も、だいたい革に似ています。だから、絹の手袋よりも、毛糸の手袋よりも革の手袋が似合うのです。動物的です。毛が多すぎます。髭、胸も、脛も、あちこちに毛がたくさんあります。井上さんときたら、鼻毛が濃く、耳の穴にまで毛が生えています。それに気がついてから私は、ひと頃、うちの店や電車の中などで、男の耳の穴をそっと盗み見たことがあります。もじゃもじゃ毛のある人が多いのには、びっくりしました。
 毛が多くて、革に似た皮膚をしていて、その上、臭がくさいのです。酔った人の息となったら、一層たまりません。いつぞや、井上さんが酔っぱらって、姐さんに甘えて言った言葉を、私は忘れられません。
「酒を飲んだ時の君の息は、はっかの香りがするよ。」
 姐さんはきれい好きだし、すっきりしてるから、酒を飲めば、息に薄荷の香りがするかも知れません。けれど…

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