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探偵小説の魅力
たんていしょうせつのみりょく
作品ID4266
著者南部 修太郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「新青年 第五巻第十號 夏季増刊『探偵小説傑作集』」 博文館
1924(大正13)年
初出「新青年 第五巻第十號 夏季増刊『探偵小説傑作集』」博文館、1924(大正13)年
入力者小林徹
校正者林幸雄
公開 / 更新2002-05-29 / 2014-09-17
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある時、Wと云ふ中年の刑事が私にこんな事を話し聞かせた。
『探偵と云ふ仕事はちよつと考へると、如何にも面白さうな仕事らしく見えます。然し、その性質如何に拘らず、一體人の犯罪乃至は祕密を探し尋ねて、それを白日にさらし出すと云ふ事はあんまり好い氣持のするものぢやありません。ましてそこには人知れぬ非常な苦心骨折があり、ひよつとすると命のあぶないやうな危險にも出會はなければならず、世間の人達からは妙に無氣味らしい眼を向けられると云ふやうな譯で、可成りつらい、厭やな仕事です。で、自分でも始終心にさう思ひ、人にもついそれを訴へたくなる時があります。然し、私はこの仕事に從ふやうになつてからもうかれこれ十五六年になりますが、そんな風でゐながら、心の底ではやつぱりこの仕事が好きなんですね。なぜつて、自分がこの仕事から全く縁が切れてしまふ場合を想像してみると、何だか生きてる甲斐もなくなつてしまひさうな寂しい氣持がするんです。人間も全く勝手な、妙なもんですなあ。』
 私は彼の仕事に對する氣持が私の文學の仕事に對する氣持とちよつと似通つてゐる事にひそかな興味を覺えながら、だまつて耳を傾けてゐた。彼はまた詞を續けた。
『ですが、さう申すからには、つらい、厭やな仕事だと思ふ一方に、やつぱりこの仕事を捨ててしまふ事の出來ないやうな、ちよつと云ふに云はれない。さあ何て云ひますか、その魅力とでも云ふものがあるんですね。例へば一つの犯罪が持ち上る。そのやり方がうまいんで、どうしても犯人の手掛がつかない、係長初め何人かの仲間、警察の人達までが一生懸命に奔走し始める。自然、その間に手柄の競爭が起る。日日が延びると、世間では何のかんのと非難が聞え出す。さう云ふ中で、人知れずあせつたりぐれたりしながら、東へ走り西へ飛ぶ。まるで身も心も張り切るだけ張り切るんです。その擧句に、全くちよいとした事から人に先んじて一つの有力な手掛を掴み出した時、そのまま飛び上つて踊り出したいやうな、慾得離れた嬉しさと云つたら、やつぱりこの仕事をやつてる者でなければ分らない味ですね。變なもので、その手掛から犯人があがつた時には得意とか安心とか云ふよりも、寧ろ何となく胸を抑へられぬやうな厭やな氣持がするもんです。まあ要するにその前の嬉しさの味ですよ。私がこの仕事を捨てられない魅力と云ふのは!』
 小憎らしい程落ち着いた、[#底本では句点]冷靜な人だつたが、ちよつと興奮した聲でかう詞を結ぶと、その嬉しさの味のためには一生その仕事を止めないだらうと云ふ風に、彼は靜かな微笑を唇に浮べた。
 さて、このW刑事が私に話した處の嬉しさの味とは何を意味するものであらうか? いや、それよりも探偵とは一體どう云ふ仕事であらうか? 云ふまでもなく、それは彼もちよつと云つたやうに人間の、廣く云へば人生に於ける犯罪をあばき出し、祕密を探り出し、或は不…

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