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霊感
れいかん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)」 未来社
1966(昭和41)年11月15日
初出「中央公論」1952(昭和27)年1月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2007-02-21 / 2014-09-21
長さの目安約 32 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     第一話

 都内某寺の、墓地の一隅に、ちと風変りな碑があります。火山岩の石塊を積みあげて、高い塚を築き、その頂に、平たい石碑を立てたものです。碑面に、身禄山とありますが、その昔、身禄という行者があって、深山に籠り、禅の悟道に参入して生を終えた、その人のために建てた碑です。大正十二年再建とありますが、大正十二年といえば関東大地震の年で、恐らく、土台の石畳の一部が壊れるか、碑が傾くかして、それを修理したのでしょう。全体の構築はたいへん古く、碑の背後には、樫の古木が茂っています。
 この身禄山を、附近の人々は、ミロクサンと呼んでいます。文字面の音をそのまま取って、身禄さまではなく、身禄さんと、親しい気持ちをこめたものです。そして朝な夕な、誰がするともなく、白紙に塩や白米を盛ったのが、身禄さんの前に供えられています。
 この身禄さんを、三年ほど前までは、ほとんど誰も顧みる者がありませんでした。塚全体が荒れはて、茅草や灌木が生え、といっても火山岩を畳みあげたものですから、気味わるい茂みを作るほどではなく、あたりの立木の蔭にひっそりとして、つまり、人目につかない状態のまま、うち捨ててあったのです。
 ただ、江口未亡人とその娘さんとは、身禄さんのそばを通りかかる時、いつも、ちょっと頭を下げました。身禄さんを信仰するかどうとかいうのではなく、自然にそういう習わしになっていました。
 戦後のこととて、寺の境内も墓地も、手入が行届いておらず、板塀や垣根なども壊れたままで、通行自由な有様でした。江口さんの家から大通りへ出るのには、墓地をつきぬけるのが一番の近道で、その近道のそばに身禄さんがあるので、そこを通りかかることが多かったのです。そして通りかかると、江口さんも娘さんも、何ということなしに、軽く頭を下げました。
 ところが、その江口さんの家に、いろいろ思うに任せぬことがあったり、娘さんの健康がすぐれなかったりして、春の末頃から、江口さんはなんだか気持ちが沈みがちで、不安な影を胸うちに感ずるようになりました。
 そのことを、江口さんは、日頃懇意にしているA女を訪れた際、世間話のついでに、訴えてみました。
 A女はいわゆる戦争未亡人で、普通のひとですが、実は、彼女自身では誰にも口外しませんでしたけれど、神仏二道の行を深く積んでいて、特殊な能力を会得していました。それを、江口さんは知っていました。二人とも四十五歳ばかりの年配で、未亡人同士なものですから、普通の主婦たちよりは、立ち入った交際が出来たのでしょう。
 江口さんはA女の顔色を窺いながら、言いました。
「なんだか気になるから、ちょっと、みて下さいませんか。」
「みるって、なにをですの。」
「まあ、とぼけなくっても、いいじゃありませんか。」
「べつに、とぼけるわけではありませんけれど……。でも、たいへんなことになると…

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