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絶縁体
ぜつえんたい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「豊島与志雄著作集 第五巻(小説Ⅴ・戯曲)」 未来社
1966(昭和41)年11月15日
初出「世界」1952(昭和27)年3月
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2007-04-04 / 2014-09-21
長さの目安約 38 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 市木さんといえば、近所の人たちはたいてい知っていた。それも、近所づきあいをするとか、気軽に話しかけるとか、いうのではなかった。また、市木さんが世間的に有名だからでもなかった。往来で出逢って、会釈し合うこともなかった。だが、市木さんという名前がもちだされると、人々の間に、微笑めいた眼色や、好奇らしい眼色が、自然にかもし出された。というのは、市木さんは頭が少し変だ、というほどではなくとも、少くとも変人だと思われていたのである。だから、市木さんが知られていたのは、その名前と顔だけだと言ってもよく、また、成年の男たちよりも、女や子供たちに多く知られていた。
 市木さんは世間的に有名などころか、いったいどういう職業のひとか、誰も知らなかった。それももっともで、何の職業も持っていなかったのである。家にとじこもってることが多かったが、家の中で何をしているのか、誰にも分らなかった。来客も殆んどなかった。その家は古めかしく、建附なども定めしがたぴししてることだろうと思われたし、板塀は所々破損していた。雨ざらしの門柱に、市木正信というまずい字の表札が出ていたが、たぶん本人の自筆であったろう。それも風雨に黒ずんでいた。そしてこの正信という名の方は誰の頭にも留まらず、ただ市木さんというだけで知られていた。
 市木さんはもう六十歳近い年配だと見えるのだったが、そのわりには幼い一男一女があった。男の子は小学校に通っており、女の子は女学校に通っていた。どちらも粗末な服装で、肱のあたりに四角な布が無造作に縫いつけてあったりした。市木さん自身で修繕してやったものらしかった。三人きりの家族で、妻も女中もいなかった。
 日用品や食物の買い出しに、市木さんは自分で出かけた。だがその様子は、用事があって外出してるのだとは見えないし、散歩をしてるのとも違い、ただ飄々と歩いてるとしか思えなかった。
 額は少し禿げ上っていたが、半白の頭髪は濃く長く、頸筋にそよいでいて、いつも無帽だった。大柄な眼鼻立ちで、頬の肉附きはよく、髯はなかった。夏はシャツ一枚、他の季節には褐色のジャンパーを着、冬には黒いオーバーをひっかけ、いつも短いズボンに下駄ばきだった。出かけるのは晴れた日に限っていて、雨降りにその姿を見かける者はなかった。
 そしてたいてい、竹編みの大きな籠を、長い紐で肩からぶらさげていた。その籠の中に、たいてい、スケッチブックを入れていた。それからたいてい、太い杖か一管の尺八を持っていた。竹籠は買物のためであって、いろいろな品物でふくらんでることがあった。スケッチブックはめったに使われることがなかったが、なにか興趣ひかれる事物に出逢った場合のための用意だったろう。それから、杖はよいとして、尺八に至っては誰にも合点いかなかった。然し、近隣の人々は、深夜、嚠喨たる尺八の音を度々聞かされていたし…

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