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ほたる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本文学全集72 織田作之助 井上友一郎集」 集英社
1975(昭和50)年3月8日
初出「文芸春秋」1944(昭和19)年9月
入力者土屋隆
校正者米田
公開 / 更新2011-12-15 / 2014-09-16
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 登勢は一人娘である。弟や妹のないのが寂しく、生んでくださいとせがんでも、そのたび母の耳を赧くさせながら、何年かたち十四歳に母は五十一で思いがけず姙った。母はまた赧くなり、そして女の子を生んだがその代り母はとられた。すぐ乳母を雇い入れたところ、おりから乳母はかぜけがあり、それがうつったのか赤児は生れて十日目に死んだ。父親は傷心のあまりそれから半年たたぬうちになくなった。
 泣けもせずキョトンとしているのを引き取ってくれた彦根の伯父が、お前のように耳の肉のうすい女は総じて不運になりやすいものだといったその言葉を、登勢は素直にうなずいて、この時からもう自分のゆくすえというものをいつどんな場合にもあらかじめ諦めておく習わしがついた。が、そのために登勢はかえって屈託がなくなったようで、生れつきの眇眼もいつかなおってみると、思いつめたように見えていた表情もしぜん消えてえくぼの深さが目だち、やがて十八の歳に伏見へ嫁いだ時の登勢は、鼻の上の白粉がいつもはげているのが可愛い、汗かきのピチピチ弾んだ娘だった。
 ところが、嫁ぎ先の寺田屋へ着いてみると姑のお定はなにか思ってかきゅうに頭痛を触れて、祝言の席へも顔を見せない、お定は寺田屋の後妻で新郎の伊助には継母だ。けれども、よしんば生さぬ仲にせよ、男親がすでに故人である以上、誰よりもまずこの席に列っていなければならぬこのひとだ。それを頭痛だとはなにごとかと、当然花嫁の側からきびしい、けれども存外ひそびそした苦情が持ちだされたのを、仲人が寺田屋の親戚のうちからにわかに親代りを仕立ててなだめる……そんな空気をひとごとのように眺めていると、ふとあえかな螢火が部屋をよぎった。祝言の煌々たる灯りに恥じらうごとくその青い火はすぐ消えてしまったが、登勢は気づいて、あ、螢がと白い手を伸ばした。
 花嫁にあるまじい振舞いだったが、仲人はさすがに苦労人で、宇治の螢までが伏見の酒にあくがれて三十石で上ってきよった。船も三十石なら酒も三十石、さア今夜はうんと……、飲まぬ先からの酔うた声で巧く捌いてしまった。伏見は酒の名所、寺田屋は伏見の船宿で、そこから大阪へ下る淀船の名が三十石だとは、もとよりその席の誰ひとり知らぬ者はなく、この仲人の下手な洒落に気まずい空気も瞬間ほぐされた。
 ところが、その機を外さぬ盞事がはじまってみると、新郎の伊助は三三九度の盞をまるで汚い物を持つ手つきで、親指と人差指の間にちょっぴり挾んで持ち、なお親戚の者が差出した盞も盃洗の水で丁寧に洗った後でなければ受け取ろうとせず、あとの手は晒手拭で音のするくらい拭くというありさまに、かえすがえす苦りきった伯父は夜の明けるのを待って、むりに辛抱せんでもええ、気に食わなんだらいつでも出戻ってこいと登勢に言い残したまま、さっさと彦根へ帰ってしまった。
 伯父は何もかも見抜いていたのだろうか。そ…

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