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子良の昇天
しりょうのしょうてん
作品ID42761
著者宮原 晃一郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第一一巻 楠山正雄 沖野岩三郎 宮原晃一郎集」 ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日
入力者鈴木厚司
校正者noriko saito
公開 / 更新2004-09-15 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    一

 むかし三保松原に伯良といふ漁夫がゐました。松原によく天人が遊びに降りてくるのを見て、或日その一人の天の羽衣を脱いであつたのをそつと隠しました。天人は天に上る飛行機の用をする羽衣をとられて、仕方なく、地上に止まつて伯良のおかみさんになりました。此天人が生んだ子は男で子良といふ名でした。
 天人は天に住まうものですから、此地上にゐては外国に来てゐるやうなものでさつぱり面白くありません。間がな隙がな外に出ては空を眺めて、嘆いてをります。
「あゝ羽衣があつたら、あの雲の上、あの青い/\空の奥の御殿へ行かれるものを、伯良さんは何処に隠したか知ら。」
 伯良の留守を見ては、天人はこつそりと家のうちを捜してみますけれど、羽衣はないのでした。
「あゝ仕方がない。もう死ぬまで漁夫の女房で暮らしていくことか。」
 天人は深い/\嘆息を吐いてをります。


    二

 ところが或日のこと、自分の生んだ子の子良が来て、おつ母さんは何ぜいつもそんな不機嫌な顔をしてゐるのですか、と訊きますから、実は私はお隣りの助さんや、八さんのおかみさんとはちがつた天人であるから、故郷の天へ帰りたくてたまらないのでと言つてきかせました。
「さうかい。ぢやお母さんの故郷の天はどんなところかい。海もあるかい、山もあるかい。そして木も生えてゐるかい。魚もとれるかい。」
 子良は十になつてゐましたから、もういろんなことが分るうへ、何でも珍らしいことを見たがり聞きたがりするのでした。
「そんなに一時にきいたつてお話は出来ませんよ。妾の故郷の天は一口に言へば、あのそれ、時時空に見えるでせう。美しいお城が、あれよ、あの蜃気楼といふものとよく似てゐるの。」
「ウン、それぢや、僕も行つてみたいな。おつ母さん、僕をつれて行かない、天へ遊びに。」
 天人は悲しさうに頭をふりました。そして天の羽衣といふものが無ければいかれない。その羽衣は、伯良がどこかに隠してゐて、どうしても渡して呉れないから、迚もその望みをかなへることは出来ないと、言ひました。


    三

 それから又三日ばかり経つて、天人が空を眺めてゐますと、子良がこつそりと来て、その袖を引いて、囁きました。
「あのね、羽衣の在所が分つたよ。」
「えつ、本当かい。」
と、母の天人は眼を丸くしました。
「本当とも、けれどもね、僕には取れないところにあるんだ。」
 子良は、今朝お父さんの伯良が、天井裏にある網を下すとき、小さなつゞらを、一緒におろし、その蓋をあけたら美しい着物が出て来たので、何かと訊いてみたら、之は天の羽衣といふものでお母さんがお嫁に着て来た大事なものだ。他人に知れると盗まれるから、誰にも言つてはいけないぞと、伯良が言つたのでした。
「あゝ有難い、それでは直ぐそれを着て、天に昇りませう。」
 天人は大喜びで、伯良が沖に漁に出た留守を…

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