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政治の破産者・田中正造
せいじのはさんしゃ・たなかしょうぞう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「現代日本文學大系 9 徳冨蘆花・木下尚江集」 筑摩書房
1971(昭和46)年10月5日
初出「中央公論 昭和八年四月号」1933(昭和8)年4月
入力者林幸雄
校正者小林繁雄
公開 / 更新2006-06-19 / 2014-09-18
長さの目安約 42 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

   若き人々に語る

若き友よ。
「田中正造」――今日突然にこんな名を呼んでも、君には何事かわからない。すこし古い人ならばわかる筈だ。彼等は「鉱毒の田中」「直訴の田中」かうした記憶を朧ろげながら尚ほ何処かに持つて居るだらう。この人の演説、真に獅子吼の雄弁を必ず思ひ出すであらう。然し、僕が今この人の名を呼ぶのはこれ等古い人達の苔蒸した記憶を掻き起す為めでは無い。君のやうな、全く名をさへ知らぬ若い人達に、新たにこの人の生涯を聞いて欲しいためだ。

   足尾銅山鉱毒の惨害

矢張り「鉱毒の田中」から始める。
明治二十四年から三十四年に至るこの十年の間、この人は、衆議院の壇上で「足尾鉱毒事件」と云ふものを叫んだ。而かも、遂に議会の理解を得ずに終つた。今日、君に向つてこの死んだ歴史を語る――然し、少しく形骸を言ふならば、君は直に詩眼を以て、その血肉を悟得して呉れることを、僕は信じて居る。
手近かな話だ。停車場で電車を待つ間、休憩室の壁に掛けてある交通地図に目をやつて呉れ。栃木の場面を見て呉れ。日光が直ぐ目につく。並んで足尾の山――此処が今日も名高い古河株式会社の足尾銅山だ。産業の名が赤い字で二つ書いてある「銅」と「亜砒酸」。この亜砒酸の三字に、君の神経は思はず戦慄するだらう。これは製煉所の毒烟から精製して、今ではかくも、古河の大産業となつて居る。鉱山からはこの他無数の害毒が出る。これが一つに溶解して渡良瀬川へ流れ落ちた。沿岸は上下両毛の沃野だ。昔時は洪水毎に山上の良土を持ち来つて、両岸の田地を自然に肥したものが、俄に毒流を漲らして死地に化す。――
足尾が古河市兵衛の手に渡つたのが、明治十年だ。彼は不撓不屈の精力で、専心この山の開鑿に従事した。その成績は左の数字の上に明白に現はれて居る。
       足尾の製銅表
明治十年        七七、〇〇〇斤
同 十一年       八一、〇〇〇
同 十二年      一五一、〇〇〇
同 十三年      一五四、〇〇〇
同 十四年      二九〇、〇〇〇
同 十五年      二二三、〇〇〇
同 十六年    一、〇八九、〇〇〇
同 十七年    三、八四九、〇〇〇
同 十八年    六、八八六、〇〇〇
同 十九年    六、〇五二、〇〇〇
同 二十年    五、〇二九、二五七
同 廿一年    六、三六八、五五八
同 廿二年    八、一四六、六六六
同 廿三年    九、七四六、一〇〇
同 廿四年   一二、七〇四、六三五
特に古河の事業を俄に刺戟したのは、明治二十一年、当時世界の市場を騒がせた仏国のシンヂケートと契約して、廿三年に至る三年間一万九千噸提供に応じたことで、これが為めに、足尾の山に始めて水力電気の設備が出来た。山上の繁昌は直に下流農村の破滅――看よ、その結果の尤も直接現はれた漁業家の惨状を。
   …

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