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支那人間に於ける食人肉の風習
しなじんかんにおけるしょくじんにくのふうしゅう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桑原隲藏全集 第二卷」 岩波書店
1968(昭和43)年3月13日
初出「東洋学報 第十四卷第一號」1924(大正13)年7月
入力者はまなかひとし
校正者染川隆俊
公開 / 更新2006-09-28 / 2014-09-18
長さの目安約 85 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

緒言

 一國の歴史を闡明するには、その一國の記録だけでは不足を免れぬ。是非その國と關係深き他國の記録をも、比較參考する必要がある。支那歴史の研究者としては、支那本國の史料の外に、日本、朝鮮、安南等の記録を參考するは勿論、遠く西域諸國の記録をも利用せなければならぬ。兩漢以來、支那の國威が四表に張ると共に、その國情が次第にキリスト教國や、マホメット教國の間に傳はり、又此等遠西の諸國民も極東に觀光して、その見聞を公にした。此等の見聞録の中には支那の風俗世態等に關して、往々本國の記録に見當らぬ貴重な材料を供給するものも尠くない。極東に關係あるギリシア、ラテンの記録は、略 Coed[#挿絵]s 氏の Textes d'Auteurs Grecs et Latins relatifs[#挿絵]L'Extr[#挿絵]me-Orient に備はり、マホメット教徒の記録――その地理に關係ある部分を主としてあるが――は、大體 Ferrand 氏の Relations de Voyages et Textes g[#挿絵]ographiques Arabes, Persans et Turks relatifs a L'Extr[#挿絵]me-Orient に纏められてある。
 ギリシア、ラテンの記録は、しばらく措き、マホメット教徒のそれは中々價値が多い。數あるマホメット教徒の記録の中で、その内容の豐かなる點より觀ても、將た又その年代の古き點より觀ても、所謂『印度支那物語』を第一に推さねばならぬ。この物語は前後の二篇に分かれ、前篇は Solayman の記録で、後篇は Ab[#挿絵]Zayd のそれである。
 Solayman は東洋貿易商で、親しく支那に出掛けてその風俗人情を視察した。彼の記録は彼自身に執筆したものでなく、多分彼の見聞を材料として、他の無名の作者が筆録したものと想はれるが、兔に角ヘヂラ暦二三七年即ち西暦八五一年に出來たことは疑を容れぬ。Ab[#挿絵]Zayd は S[#挿絵]r[#挿絵]f の産で、彼自身支那の地を踏まぬけれど、當時 S[#挿絵]r[#挿絵]f はペルシア灣頭第一の貿易港として、東洋貿易に從事する商賈の出入頻繁であつたから、彼は此等の商賈に就いて傳聞せる所を筆録したもので、ヘヂラ暦三〇三年、即ち西暦九一六年頃の作と認められて居る。要するに『印度支那物語』は、大體に於て西暦九世紀、即ち唐の後半期に於ける、支那人の風俗習慣を知るべき、尤も有益なる尤も面白き材料である。
『印度支那物語』のアラブ語原本は、今日パリの國民文庫に現存して居る。この原本の來歴は、委細は Reinaud の著書(Relation des Voyages etc. Tome I, pp. iii-vi)に載せてあるから、態[#挿絵]ここに紹介する必要がない。この物語は今日まで尠…

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