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モンアサクサ
モンアサクサ
作品ID42819
著者坂口 安吾
文字遣い新字新仮名
底本 「坂口安吾全集 06」 筑摩書房
1998(平成10)年5月22日
初出「ナイト 創刊号」ナイト、1948(昭和23)年1月25日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄
公開 / 更新2007-04-10 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 戦争中の浅草は、ともかく、私の輸血路であった。つまり、酒がのめたのである。
「染太郎」というオコノミ焼が根城であったが、今銀座へ越している「さんとも」というフグ料理、これは大井広介のオトクイの家、それから吉原へのして、「菊屋」と「串平」、酔いつぶれて帰れなくなると、吉原へ泊るという、あのころは便利であった。
 あのころ「現代文学」の同人会は染太郎でやるのが例で、ともかく、戦禍で浅草が焼ける半年前ぐらいまでは、なんとか酔えた。そのうちに三軒廻って一軒しか酒がなかったり、何軒廻っても一滴もありつけないようなことになり、そのうち、焼けてしまった。串平は一家全滅したそうだ。この店では、久保田万太郎氏や武田麟太郎氏などがよく飲んでいた。
 飲むためにはずいぶん通い、終戦後も染太郎が復活したので飲みにでかけることはあったが、もっぱら飲む一方で、そのほかの浅草を殆ど知らないのである。
 昭和十九年の新春から、森川信一座が東京旗上げ興行で大阪から上京し、国際劇場へでた。私は彼がドサ廻りのころから好きで、この一座が上京すると、私は酒のほかに浅草の芸人と交渉がはじまるようになったが、然し、芝居を見たということは殆どない。
 泥酔のあげく酒をブラ下げて女優部屋へ遊びに行って、クダをまいたりするようなことは時々やらかしたが、ともかく、まア男優部屋へ遊びに行ったタメシがなかった、ということで純粋性を持続しているようなグアイであった。
 浅草の女優さん方は、まだ、芸が未熟である。女優部屋ではずいぶん色ッポイのだけれども、舞台へでると、色ッポクない。なかには全然色気がなくなり、棒のような感じのレビュウガールがいる。そのくせ一しょに酒の席にいる時にはずいぶん仇めいており、楽屋の階段をシャンソンなんか唄いながらトントン駈け下りてくるだけでもナマメカシイのが舞台じゃ棒にすぎないのである。
 自分が女であることに頼りすぎて、舞台で、女になろうとする心構えがないからだ。女になろうとせず、元々女のつもりで、演技するから、女になろうとするオヤマのような色気がでないのである。
 だから私は浅草のレビューガールや女優さん方の舞台などは見る気がなくて、もっぱら地の色ッポサを相手に楽屋の方へお酒をのみに通うということになる。
 これが又、面白いところで、幹部女優となると、ひどく気位が高くなって、お弟子の女優の卵が姫君につかえる腰元よりももっと恭々しく奉仕しているから、笑わせるのである。横のものをタテにもせず、身の廻りの何から何まで、弟子にやらせて、アゴで使っているのが、まことに酒の肴に面白くて仕方がない。役者の世界ぐらい封建的なところはない。浅草にして、そうなのである。
 私は浅草へでかけると、もっぱら淀橋太郎をひっぱりだして、一しょに飲む。むかしは軽演劇の脚本家だが、ちかごろは立身出世して、興行師だそうで…

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